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「恐竜博」が今年開かれたわけは?

恐竜像の刷新はちょうど半世紀前に発表されたデイノニクスから始まった

米山正寛 朝日新聞記者(科学医療部)

 ちょっと古い映画だが、「ジュラシック・パーク」(1993年公開)に、小さいけれども凶暴な恐竜が、猛烈なスピードで駆けてきて人間に跳びかかるシーンがあった。ヴェロキラプトル(あるいはラプトル)と呼ばれていたこの恐竜がとても怖くて、身を固くして見ていた記憶がある。

跳び蹴りする恐竜が見つかった

拡大躍動的な姿につくられたデイノニクスの復元骨格標本=国立科学博物館「恐竜博2019」
拡大デイノニクス(奥の2体)が襲いかかっているのはテノントサウルスだ=国立科学博物館「恐竜博2019」

 すばやい動きのモデルになったとされる肉食の獣脚類恐竜がデイノニクスだ。「恐ろしい爪」を意味するその名が、論文として発表されたのが半世紀前の1969年だった。「今年は恐竜像が刷新される契機となった発表から50年の節目にあたる」と話すのは、国立科学博物館標本資料センターの真鍋真コレクションディレクター(近著に「恐竜博士のめまぐるしくも愉快な日常」や「恐竜の魅せ方」など)。東京・上野にある同館では現在「恐竜博2019」(主催・国立科学博物館、朝日新聞社、NHK、NHKプロモーション)が開かれているが、真鍋さんが監修者として今年の開催に力を尽くした最大の理由はそこにあった。

拡大デイノニクスを発見・発表したころのオストロム博士の姿==国立科学博物館「恐竜博2019」
 1969年にデイノニクスの存在を発表したのは、米国イェール大学のジョン・H・オストロム博士(1928~2005)だ。1965年、モンタナ州にある白亜紀前期のクローバリー層から発掘された。ここからは少なくとも3体のデイノニクスと、それらがまさに獲物にしようと襲いかかっていたとみられる鳥脚類の植物食恐竜テノントサウルスが一緒に見つかった。デイノニクスの体長は最大3.4メートルほどと、恐竜としてはさほど大きくはない。だが、その名前の由来となった大きなかぎ爪を備えた足で、何度も跳び蹴りを加えようとしている姿が、博士の目には浮かんでいたのだろう。

イメージを大きく変えた「恐竜温血説」

拡大デイノニクスの左足の化石(ホロタイプ標本)。大きなかぎ爪が名前の由来になった=国立科学博物館「恐竜博2019」
 この発表は、それまでの恐竜のイメージを大きく変えた。「恐竜温血説」の登場だ。真鍋さんは「それまでの恐竜は今の爬虫類のように変温動物で、のそのそと歩くスローモーな生き物と思われていた。だが、デイノニクスによって、恐竜は恒温動物で活発で賢く、鳥類や哺乳類みたいな動物だったんじゃないかと、恐竜学者が気付いた。まさに記念碑的な恐竜だ」と説明する。

 「恐竜博2019」の会場へ入ってまもなくの場所に、デイノニクスの最大の特徴となっているかぎ爪を備えた左足の化石が展示されている。イェール大学ピーボディ自然史博物館が所蔵するデイノニクスのホロタイプ標本(その種を命名する基準となる標本)で、これまでは門外不出の品だったそうだ。

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筆者

米山正寛

米山正寛(よねやま・まさひろ) 朝日新聞記者(科学医療部)

朝日新聞科学医療部記者。「科学朝日」や「サイアス」の編集部員、公益財団法人森林文化協会事務局長補佐兼「グリーン・パワー」編集長などを務め、2018年4月から再び朝日新聞の科学記者に。ナチュラリストを夢見ながら、とくに自然史科学と農林水産技術に関心を寄せて取材活動を続けている。

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