ゾンビのような温暖化懐疑論(上)
科学的な間違いと典型的なテクニックを改めて検証する
明日香壽川 東北大学東北アジア研究センター/環境科学研究科教授
7月4日の本論座欄において、東京理科大教授の渡辺正氏が、米国の温暖化懐疑論者として有名なマーク・モラノ氏の著作を翻訳・刊行したことと、その簡単な内容を紹介していた。

2019年2月、グリーンランドのイルリサットに面するディスコ湾では氷山の手前を、漁船が航行していた。20年余り前まで、冬季は海面が凍りつき、犬ぞりで行き来していたという。
地球の温暖化は、二酸化炭素などの温室効果ガスの大気中の蓄積を起因とする科学的なメカニズムによる。産業革命以降の急激な温暖化は、人為的な温室効果ガス排出の急増に起因し、このままのペースで人為的な温室効果ガスの排出が続けば、人類に対して大きな影響を及ぼす。例えば、現在の洪水、干ばつ、暴風雨、森林火災の年間被害者数は国連防災機関によると約6000万人だが、2100年に少なくとも数倍になるなどの予測は、研究者では確固としたコンセンサスとなっている。
このようなコンセンサスに対して反論する人々は存在する。しかし、その中で気候変動を専門とする研究者の数は極めて少ない。それらの反論が事実と異なることは、気候変動を専門とする研究者たちによって、逐一説明されている
渡辺氏は化学者、マーク・モラノ氏は国際政治ジャーナリストである。彼らが検証しないまま、右から左に流している懐疑論は、10年、あるいは20年も前に論破されている論である。論をつくったのも、気候を専門とする研究者ではない人たちだ。にもかかわらず、いや逆にそれだからこそ、同じような議論が、世間に繰り返し流される。まるでゾンビである。「犬が人をかんだ」よりも、「人が犬をかんだ」という記事を好むメディアの性質もあるだろう。
科学に対する不信感を増長させる戦略
彼らの戦略は、とにかく懐疑論を大量に流しつつ、科学的な結論や合意はいまだ存在しないと繰り返し主張することだ。これは、かつてタバコ会社が、タバコの健康被害を否定した時に用いた戦略と同じであり、一般の人々の温暖化の科学に対する信頼をおとしめる一定の効果を持ってしまっている。
ちょうど10年前、私は、何人かの日本の気候変動の研究者とともに、「地球温暖化懐疑論批判」という文書を発表した。しかし、いまだに懐疑論はネット上に氾濫(はんらん)しており、前出のような書物も相変わらず出版されている。思わず「自分たちの努力は何だったのだろうか」というむなしさを感じる。
本稿では、その後の経緯や最近のエネルギー・温暖化問題に関わる全体的状況なども紹介しながら、温暖化懐疑論が科学的に間違っているだけではなく、現世代および次世代の人々に対する背信行為とも言えることを、2回に分けて述べたい。