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被爆74年 広島・長崎の「平和宣言」を読む

核兵器廃絶に向けて何ができるか、私たち一人ひとりが問われている

鈴木達治郎 長崎大学 核兵器廃絶研究センター(RECNA)副センター長・教授

 2019年8月6日、そして9日。今年の広島・長崎市長によるの「平和宣言」は、ともに被爆者の詩をとりあげて、被爆の実相と核兵器の非人道性を改めて世界に訴えた。そして、世界のリーダーに「被爆者の声を聴く」ことと、核超大国である米国とロシアに対話を進めることを要請し、そして日本政府には「核兵器禁止条約」に署名・批准するよう訴えた。両市長の「平和宣言」は、被爆者の平均年齢が82歳を超え、被爆体験の継承がますます困難になっていく今、私たち一人ひとりに核兵器廃絶に向けて、何ができるか、を問いかけるものとなった。

 「過ちは繰り返しませぬから」「長崎を最後の被爆地に」……被爆者の思いが込められた両都市のメッセージから、私たちは何を学ぶべきなのだろうか。今年の両市の平和宣言を読み解きながら、被爆者の真のメッセージを考えてみたい。

「感性と理性の両方」が必要

 長崎大学元学長で、長崎の核兵器廃絶運動の理論的支柱としてリーダーシップをとられてこられた故土山秀夫先生の教えに、「(核廃絶には)感性と理性の両方に訴える必要」という有名な言葉がある。今年も、両市の平和宣言には、その両方がしっかりと組み込まれている。

平和宣言を述べる広島市の松井一実市長(左)と長崎市の田上富久市長
 先に述べたように、今年は両市とも、被爆者の詩を平和宣言に組み込み、「感性」の面で強く印象付けられる平和宣言となった。特に注目されたのが、長崎平和宣言の冒頭の詩である。「目を閉じて聴いて下さい」に始まり、「幾千の人の手足がふきとび、腸わたが流れ出て 人の体にうじ虫がわいた……ケロイドだけを残してやっと戦争が終わった……人は忘れやすく弱いものだから過ちを繰り返す だけど……このことだけは忘れてはならない このことだけは繰り返してはならない」。この女性の被爆者の詩は、核兵器の非人道性を直接世界の人々の感性に訴える力をもっている。

 広島平和宣言にも、「おかっばの頭から流るる血しぶきに 妹抱きて母は阿修羅に」という詠歌が冒頭で紹介されており、両市とも、感性の面での訴えをこれまで以上に強く伝える平和宣言となっている。

 一方で、理性に基づく国際情勢の分析も両市の平和宣言にきちんと含まれている。広島平和宣言では、冒頭に国際情勢についての文章がある。「今世界では自国第一主義が台頭し、国家間の排他的、対立的な動きが緊張起案を高め、核兵器廃絶への動きも停滞しています」。短いながら、現在の国際情勢の危機的な状況が簡潔にまとめられている。長崎平和宣言では、「核兵器をめぐる世界情勢はとても危険な状況です」という段落で、米国とロシアの核戦略の問題を指摘し、「世界から核兵器をなくそうと積み重ねてきた人類の努力の成果が次々と壊され、核兵器が使われる危険性が高まっています」と、きわめて強い危機感を表明している。

核保有国・世界のリーダーへのメッセージ
核軍縮義務と被爆の実相

 次に核保有国へのメッセージを見てみよう。広島平和宣言では、とくに「核保有国」を特定したメッセージはないが、「かつて核競争が激化し緊張状態が高まった際に、米ソの両核大国の間で『理性』の発露と対話によって、核軍縮に舵を切った勇気ある先輩がいたということを思い起こしていただきたい」と、最近の米ロ関係に批判的なメッセージが書かれている。一方、長崎の平和宣言では、明確に核保有国のリーダーに対してメッセージを送っている。「核兵器をなくすことを約束し、その義務を負ったこの条約(核不拡散条約)の意味を、すべての核保有国はもう一度思い出すべきです。特にアメリカとロシアには、核超大国の責任として、核兵器を大幅に削減する具体的道筋を、世界に示すことを求めます」

広島市の平和記念式典で献花をする学生たち=2019年8月6日
 さらに、両市の平和宣言がともに強調したのが、被爆の実相への理解を求めている部分である。広島平和宣言では、「世界中の為政者は……被爆地を訪れ、被爆者の声を聴き、平和記念資料館、追悼平和祈念館で犠牲者や遺族一人一人の人生に向き合っていただきたい」と述べている。長崎平和宣言でも、「すべての国のリーダーの皆さん、被爆地を訪れ、原子雲の下で何がおこったのかを見て、聴いて、感じてください。そして、核兵器がいかに非人道的な兵器なのか、個々に焼き付けてください」と強い表現で、被爆の実相を心に刻むことを求めている。

日本政府へのメッセージ
核兵器禁止条約と北東アジア非核兵器地帯

 3番目のポイントは、日本政府へのメッセージだ。

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