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「感動」って売買できるものなのか?

現代社会を特徴づける「薄めた情動の大量消費」

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 「感動を売る」会社が増えている。

 CMや広告を見ても、会社のホームページを開いても、世は感動だらけだ。ほかにも「夢」を売る会社や、「希望」「癒し」「やすらぎ」「安心」などいろいろある。「情動系企業」と勝手に名付けさせてもらうが、はじめはITや映像系で起業した会社に多かった。しかし最近は広告メディアからTV、保険業、健康機器メーカーや製造業など、大企業にまで蔓延している。最初のうちはさすがに恥ずかしいのでおそるおそる、それが今や大手を振ってという構図だ。 

拡大恒例の24時間テレビ「愛は地球を救う」イベント=東京・汐留の日本テレビ本社前
 「感動」なんて売買できるのか、という疑問が当然浮かぶ。「できるのか」というのには「本当にやれるのか」という技術的な疑問もあるし、「していいのか」という倫理的な疑問もある。

 感動は本来、偶発的な出会いに基づくもののはずだ。計画して量産して、売り上げを予測したりできるものなのか。仮にできても、それは本物の「感動」とは違うのではないか。そもそも個人の感情の領域に、(あえていえば実存の領域に、)臆面もなく土足で踏み込むのか。筆者が古い人間なだけかも知れないが、これが最近までの筆者の率直な思いだった。

 だが最近、自分でも信じられないことに、考えが変わった。「(感動だって)売買できる」方に、いやいやながら傾いている。そのきっかけは動物行動学の知見に思い至ったことだ。

情動反応は型にはまって解発される

 動物では、情動行動が特定の刺激によって解発(トリガー)される。たとえばイトヨという魚では、オスの赤い腹のディスプレーが、メスの性行動のトリガーとなる。オオカミのオス同士はメスを争って死闘するが、一方が横たわって腹を見せる「降参」の仕草をすると、攻撃行動がストップする。またある鳥にとって鷹は天敵だが、その鷹の剥製の内部にスピーカーを仕掛ける。そのスピーカーから鳥の雛の泣き声を聞かせると、母鳥は(視覚的には)天敵の剥製であるにもかかわらず、それを抱き込んでしまう。つまりこの場合は雛の声がトリガーになっていて、いったん母性行動のスイッチが入ると、体が抵抗できない。

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筆者

下條信輔

下條信輔(しもじょう・しんすけ) 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授。認知神経科学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。

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