メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

DNAで俗世間を変えた人、キャリー・マリス死す

DNA大量コピー法で、事件捜査も親子鑑定も恐竜映画も一変させた

尾関章 科学ジャーナリスト

DNA情報を臨床医療に生かす

 本題に戻ろう。このPCR旋風はDNA情報を臨床医療に生かす契機となった。遺伝子診断や遺伝子治療の動きが本格化したのは、このころだ。その機をとらえて、国際医学団体協議会(CIOMS)は90年夏、愛知県犬山市などで国際会議を開き、遺伝子治療を条件付きで容認する「犬山宣言」を発表した。遺伝子改変を体細胞に限定して、重い病気の治療のために施すことは認めたが、生殖細胞については影響が後世代にも及ぶことを理由に「待った」をかけて議論の続行を求めたのである。いま、ヒト受精卵に対するゲノム編集に慎重論が根強いのも、このときの判断が生きていると言えよう。

 ここで注目すべきは、PCR旋風が医療分野にとどまらなかったことである。なによりも様変わりしたのは犯罪捜査だ。それまで、容疑者の割りだしには事件現場に残された指紋の照合が頼りで、血液型は絞り込みに役立つだけだった。ところが、PCR法を用いたDNA型鑑定によって、ごく微量の遺留物から容疑者を高精度でほぼ特定できるようになった。90年夏には米議会技術評価局(OTA)が『遺伝子の証言』という報告書をまとめ、このなかでDNA型鑑定が犯罪捜査に用いられた例がこの時点までに米国で2000件を超えたとの推計を出している。

火曜サスペンスの室生亜季子にも衝撃

拡大PCR検査の準備作業をする技師=西畑志朗撮影
 犯罪捜査のDNA型鑑定は日本国内でも80年代後半から始まり、90年代に入ると一気に広まった。そのなかには当時の精度を過大評価して冤罪を引き起こした事例もある。ただ、それが捜査手法を大きく変えたことは間違いない。それは、推理小説やテレビドラマ、映画の筋立てにも影響を与えた。

 たとえば、テレビの2時間ドラマ

・・・ログインして読む
(残り:約915文字/本文:約3076文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

尾関章

尾関章(おぜき・あきら) 科学ジャーナリスト

1977年、朝日新聞社に入り、ヨーロッパ総局員、科学医療部長、論説副主幹などを務めた。2013年に退職、16年3月まで2年間、北海道大学客員教授。関心領域は基礎科学とその周辺。著書に『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)、『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)、共著に『量子の新時代』(朝日新書)。週1回の読書ブログ「めぐりあう書物たち」を開設中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

尾関章の記事

もっと見る