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「謎の恐竜」は究極の「へんてこ恐竜」だった!

超巨大肉食恐竜?とも思われたデイノケイルスの全貌が、世界で初めて東京で公開された

米山正寛 朝日新聞記者(科学医療部)

「恐ろしい手」は超巨大な肉食恐竜か?

拡大1965年に見つかったデイノケイルスの腕(複製)。長さが2.4mもあり、学名の由来となった=国立科学博物館、筆者撮影
 白亜紀後期にいたデイノケイルスという名の恐竜が、1965年にモンゴル・ゴビ砂漠から同国とポーランドの共同調査隊によって発掘され、70年に論文で報告された。デイノケイルスとは「恐ろしい手」という意味だ。命名・記載のもとになったのは、長さ2.4メートルもの巨大な腕だけで、獣脚類の一種と考えられながらも全身の姿は分からないまま、長い歳月が過ぎた。

 獣脚類の代表格といえば肉食恐竜ティラノサウルスだろう。全長は最大約13メートルもあるが、腕の長さはせいぜい1メートルほど。もし同じような体形なら、腕の比率を考えると全長はティラノサウルスの2倍以上の超巨大肉食恐竜かもしれない。そんな臆測までが浮かぶ中で、デイノケイルスは「謎の恐竜」と呼ばれ続けた。

拡大デイノケイルスの全身復元骨格。今回が世界初の公開だ=国立科学博物館、福留庸友撮影
 デイノケイルスの新たな化石が発見されて、それをもとに「長年の謎の解明」と題された論文が科学誌natureに発表されたのは2014年のことだった。その報告に基づいて日本で製作された全身復元骨格が今、東京・上野の国立科学博物館で開催中の「恐竜博2019」において、世界で初めて公開されている。調査・研究の主導的な立場にいた韓国・ソウル大学のイ・ユンナム教授、カナダ・アルバータ大学のフィリップ・カリー教授、そして北海道大学の小林快次教授がそれぞれ、講演会などで語った内容をもとに、デイノケイルスの正体を追ってみよう。

盗掘現場にうち捨てられていた成体の骨格

拡大イ・ユンナム教授=筆者撮影
 解明への大きな発見は、2006~09年にかけてあった。韓国が中心となった国際研究チームが編成され、大規模な発掘調査がゴビ砂漠で進められた。調査の目的の一つに、当然デイノケイルスはあった。とはいえ、腕しか報告されていない恐竜だけに、他の部位が見つかっても結びつけが難しいので、追加標本の発見もままならない。そんな困難な状況での調査だった。

 チームは2009年、モンゴル南部のブギンツァフで化石の盗掘現場に遭遇した。残念ながらモンゴルでは恐竜化石の盗掘が横行している。頭や手や足など高値で売れそうな部位だけを掘り取って、残りは破壊するなどしてうち捨てていくという行為が目立つそうだ。この現場にも多くの骨が散らばっていた。

 それでも研究者の目からすれば、残されたすべての部位が重要な恐竜骨格の一部だ。これらを集めていく最終段階で、イ教授の目にとまったのが左腕につながる肩のあたりの骨だった。それこそ以前から目に焼き付けていた1965年発見のデイノケイルスの肩甲烏口骨と同じ形で、さらに大きいくらいだった。「これはデイノケイルスだ。ついに見つけたぞ!」とみんなで歓喜の声を上げたという。

拡大デイノケイルスおなかに入っていた胃石=国立科学博物館、筆者撮影
 残念ながら、盗掘団が持ち出したとみられ、頭骨や左手、そして右の腕と手、両足の骨はなかった。だが、そこに横たわっていた成体のデイノケイルスから、脊椎骨や骨盤、大腿骨、そして独特の形に癒合した尾端骨などを手に入れることができたのは大きな成果だった。また、消化を助けるためにデイノケイルスがのみ込んだとみられる大量の胃石も見つかった。

 ところで、モンゴルではしばしば成功や安全の祈願のため、石を積み上げた「オボ」をつくるそうだ。盗掘団も成功を念じてだろうか、そこにオボをつくり、2002年と印刷時期が記されたモンゴル紙幣が供えられていた。従って、この場所での盗掘は02~08年の間という比較的最近に行われたものと考えられた。

もう一つ、亜成体の骨格も見つかった

拡大フィリップ・カリー教授=筆者撮影
 実はこの前年、カリー教授らは1965年の化石発見地を当時の地図と写真を頼りに探し出し、再調査していた。巨大な「恐ろしい手」の産地が分かっただけで世界にニュースが駆け巡り、デイノケイルスの正体解明への期待が膨らんだそうだ。結果としてこの時に見つかったのは、腹肋骨などわずかな骨の化石だけだったため、2009年の発見は大きな喜びとなった。

 もっとも、ここで見つけた腹肋骨には、当時アジアにいた肉食恐竜タルボサウルスの咬み痕があった。生前か死後かは分からないが、デイノケイルスがタルボサウルスによって食べられていたらしいことが分かったのは、新しい成果だった。「恐竜博2019」の会場では、デイノケイルスと通路をはさんで向き合った位置に、タルボサウルスの全身骨格が展示されている。

 さて2009年に発掘された化石は2010年にいったん韓国へ持ち出されて、骨の周りの石を取り除くクリーニング作業が進められた。かつて臆測が流れたような超巨大恐竜ではなかったが、それでもティラノサウルス並みの大きな恐竜だということはわかってきた。そんな研究の中でイ教授は、変な突起を持った大腿骨骨頭の特徴的な形に目をとめた。そして以前にチームがこれと同じ特徴の骨を発見していたことに気づいた。

 それは2006年にアルタンウルという場所から小林教授たちが掘り出したものだった。尾や骨盤など下半身はほぼすべてそろっていながら、腕や頭などがなくて何の恐竜か分からないでいた。それが大腿骨の特徴から2009年の標本と結びつけられ、チームが見つけたもう一つのデイノケイルス骨格となった。こちらは2009年発見の骨格より小さく、4分の3くらいの大きさなので、亜成体のものと考えられている。

ベルギーの博物館からの連絡

 こうして1965年発見の両腕に、2006年と2009年発見の骨格が加わり、デイノケイルスの全身像はかなりわかってきた。しかし、一番知りたい顔の情報を含む頭骨は、いずれの発掘現場からも見つからなかった。それが2011年に思わぬ形で進展した。 ・・・ログインして読む
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筆者

米山正寛

米山正寛(よねやま・まさひろ) 朝日新聞記者(科学医療部)

朝日新聞科学医療部記者。「科学朝日」や「サイアス」の編集部員、公益財団法人森林文化協会事務局長補佐兼「グリーン・パワー」編集長などを務め、2018年4月から再び朝日新聞の科学記者に。ナチュラリストを夢見ながら、とくに自然史科学と農林水産技術に関心を寄せて取材活動を続けている。

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