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国立天文台は防衛装備庁の研究費に応募するのか

研究費不足を安全保障技術研究推進制度で補うべきではない

須藤靖 東京大学教授(宇宙物理学)

 2019年3月15日、日本天文学会は「天文学と安全保障との関わりについて」という声明を公表した。そこには「日本天文学会は、宇宙・天文に関する真理の探究を目的として設立されたものであり、人類の安全や平和を脅かすことにつながる研究や活動は行わない」と述べられている。この声明公表に至る日本天文学会内での議論の経緯はすでに紹介した。

 2017年3月24日に、日本学術会議が公表した声明「軍事的安全保障研究について」に対応して、学会が全体として真摯な議論に取り組んだのは、私が知る限り日本天文学会だけである。声明のとりまとめという結果よりも、できることなら避けて過ごしたいと思うような本質的な問題に正面から向き合ったことこそ、評価されてしかるべきだと考える。

巨大化する現代科学と研究費

 東京新聞は、2019年9月10日の朝刊1面に「『防衛省助成に応募しない』一転 国立天文台、軍事研究容認も」という記事を掲載した。国立天文台は2016年の教授会議で、防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度には応募しないことを決めている。しかし天文台執行部は、その部分を削除し、研究成果を自由に公開できるなどの条件を満たせば応募できる、という改定案を、7月の教授会議に提案したという。ただし、軍事利用を直接目的とする研究は行わないという部分は残されている。今回の提案の背景にあるのは、基礎研究をめぐる研究費不足の問題である。

世界最大級の望遠鏡「TMT」の完成イメージ=国立天文台提供
 過去数十年で、天文学の国際化およびビッグサイエンス化は、急速かつ不可逆的に進行してきた。2015年に一般相対論の予言する重力波の直接検出を成し遂げ2017年度のノーベル物理学賞を受賞したLIGO実験には、総額600億円以上の予算が費やされ、発見論文の共著者は全部で1011人にものぼる。その後、中性子星連星からの重力波が発見された際の多波長追観測論文には、世界中の異なる953研究機関に所属する3600名以上の天文学者が共著者として名を連ねている。

 2019年4月にブラックホールの「影」の撮影成功を発表したイベント・ホライズン・テレスコープチームは2020年の基礎物理学ブレイクスルー賞を受賞した。これは世界中の既存の電波望遠鏡を駆使した観測であるので、そのためだけの研究費は計算できないものの、4月10日に発表された6つの論文の共著者は347名である。このように、最先端の天文学研究は世界的な枠組みのもとで互いに責任を果たすことが不可欠だ。つまり、それ自体が、他には例を見ない規模の国際協力と信頼関係の構築に貢献しているのだ。

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