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未来を脅かす地球温暖化と、活力を失う日本社会

なぜ日本は環境問題への関心が低いのか、なぜ日本の若者たちは動かないのか

桜井国俊 沖縄大学名誉教授、沖縄環境ネットワーク世話人

 日本の各地で集中豪雨や台風の大雨による被害が多発し、海外でも欧州や米国の記録的熱波や南米アマゾンで大森林火災が発生するなど、世界中で地球温暖化との関連が指摘される異常気象が続いている。アフガニスタンや南アフリカ、モザンビーク、イランなどでも洪水やサイクロンにより大きな被害が出ている。

 台風銀座と呼ばれてきた沖縄でも今年はとりわけ台風の来襲が多く、筆者も台風への備えで振り回される毎日だった。真夏日や熱帯夜も確実に増加しており、台風による停電でクーラーが使用できなくなると、熱中症など高齢者にとっては危機的な事態も多発することとなる。沖縄気象台のデータによると、那覇では都市化の影響も加わって1931年~2018年の88年間に真夏日が年間47日、熱帯夜が年間62夜も増加している。この傾向は今後とも続くとみられている。

日本は「化石」となって滅びゆくのか

 ところが、温暖化防止に向けた日本の取り組みは思わしくない。温暖化防止に向けたパリ協定は2015年12月12日に採択され、翌2016年11月4日に発効したが、日本はそれまでに批准が間に合わず、2016年11月7日からマラケシュで開催されたパリ協定締約国の第1回会合にはオブザーバー参加となる大失態を演じた。

拡大プラカードを掲げて気候危機を訴える参加者たち=2019年9月20日、東京都渋谷区、恵原弘太郎撮影
 それだけではない。パリ協定の採択に先立って各国は2015年、温室効果ガスの排出量削減目標を示したが、日本の目標は2013年比で2030年までに26%削減という極めて消極的なものだった。1990年比では18%削減だ。

 EUが示した削減目標が1990年比で少なくとも40%削減であるのと対比すると、日本のやる気のなさが歴然としている。1997年の京都議定書では1990年を基準年としていたのに、排出量が1990年比で10.6%増となった2013年を基準年としたことも顰蹙を買った。翌17年にドイツのボンで開かれた会議では、気候変動への取り組みに後ろ向きの国にNGOから贈られる「化石賞」に日本が選ばれた。

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筆者

桜井国俊

桜井国俊(さくらい・くにとし) 沖縄大学名誉教授、沖縄環境ネットワーク世話人

1943年生まれ。東京大学卒。工学博士。WHO、JICAなどでながらく途上国の環境問題に取り組む。20年以上にわたって、青年海外協力隊の環境隊員の育成にかかわる。2000年から沖縄暮らし。沖縄大学元学長。

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