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天文学者ができる低炭素社会への取り組み

宇宙における人類の未来を探求する立場として

須藤靖 東京大学教授(宇宙物理学)

 堂々と書ける話ではないのだが、私は環境問題についてあまり意識が高くない部類だろう。身の回りの日本の天文学者も似たりよったりだと思う。しかし、今年の6月にしばらくフランスに滞在した際に反省させられた。訪問先のグループのボスが、「自分は、飛行機を用いて出かけなくてはならない国際会議は年に1回までと決めている。ヨーロッパ内の会議へは列車を使う。電子メイルはできる限り短文にし、署名や無駄なファイルは添付しない」と話してくれたからだ。

拡大エコバッグの浸透度には地域差がある
 私は当初、それは本当に意味のある行動なのかなあと懐疑的であった。彼は、系外惑星の大気と気象の研究者なので、専門分野的に地球温暖化や気候変動にも近い。だが必ずしもそれだけではなさそうだ。ご存知のように、ヨーロッパでは環境問題に対する意識が日本よりもはるかに高い。ドイツにおけるゴミ分別の細かさとリサイクル率の高さは有名だが、フランスですら、買い物はエコバッグが当たり前で、プラスチック袋を買って持ち帰る人はとても少ない。

 たまたま滞在中のボルドーでワイン祭りがあったのだが、そこではまず20ユーロ払ってワイングラスと3杯分のグラスワイン券を購入し、好きなブース(屋台)で選んだワインをそれに入れて飲むシステムだった。使い捨てコップは存在しない。ワイングラスはお土産代わりだ。9月から1年間日本に滞在しているフランス人からは「日本ではあらゆる場所でcrazyな量のプラスチック袋が渡される」と皮肉られた。

「脅威を無視するのは無責任な態度だ」

 そのような折、 “Astronomy in a Low-Carbon Future” (低炭素未来における天文学)という論文が目についた。これは、2020年代のカナダの天文学の進むべき方針と重要プロジェクトを選ぶカナダ天文学会長期計画に向けた提案の一つであり、15人の天文学者の共著となっている。狭い意味での研究論文ではないが、インターネット上の論文サーバーにアップされている。天文学者に向けたものながら、とても興味深い提案を含んでいる。

 まず彼らは、天文学とは「宇宙において我々が占める位置とその未来を知ろうとする人類の知的探求に奉仕する営み」だと定義する。したがって、「人類の存在と未来に対する現存の明らかな脅威を無視するのは、天文学の消滅につながる無責任な態度だ」と述べる。だからこそ、この長期計画において、天文学者が低炭素社会の実現に真摯に向き合うことを宣言すべきだと訴えているのだ。

 とはいえ、天文学者に何らかの政治的活動を促しているわけではない。今まで当然とされてきた慣習の中に改善の余地が数多く残っていることを具体的に指摘しただけだ。したがって現実的ではあるものの、物足りないと考える人もいるかも知れない。しかし、天文学者の意識を喚起することこそ本質だ。


筆者

須藤靖

須藤靖(すとう・やすし) 東京大学教授(宇宙物理学)

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。1958年高知県安芸市生まれ。主な研究分野は観測的宇宙論と太陽系外惑星。著書に、『人生一般二相対論』(東京大学出版会)、『一般相対論入門』(日本評論社)、『この空のかなた』(亜紀書房)、『情けは宇宙のためならず』(毎日新聞社)、『不自然な宇宙』(講談社ブルーバックス)、『宇宙は数式でできている』(朝日新聞出版)などがある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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