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精神・神経疾患の治療薬の「危機」と日本の役割

アジア人に合った薬の開発と使い方の確立でリーダーシップを

池田和隆 神経精神薬理学者、東京都医学総合研究所精神行動医学研究分野分野長

2019年10月11-13日に福岡市で開催された第6回アジア神経精神薬理学会の受付
 統合失調症やうつ病などの精神・神経疾患に使う薬物について学術的な議論をする第6回アジア神経精神薬理学会が2019年10月11-13日に福岡市で開催された。10年ぶりの日本開催であり、第49回日本神経精神薬理学会年会と第29回日本臨床精神神経薬理学会年会との同時開催であった。甚大な被害をもたらした台風19号の日本上陸と時期が重なったにもかかわらず、参加者はアジア内外から2200名を超えた。昨年6月にウィーンで開かれた第31回国際神経精神薬理学会世界大会では、日本からの200名を含め参加者は1100名に満たなかった。今回の大会は国内学会との同時開催という事情があったにせよ、これだけ多数の参加を得たのはアジアでの神経精神薬理学の重要性と存在感の大きさを示しているといえよう。本稿では、なぜアジアが注目されているのかを解説し、さらに日本の創薬に大きな期待がかけられていることをお伝えしたい。

治療薬の登場で統合失調症とうつ病の治療は一変

過去最多の参加者が集まった第6回アジア神経精神薬理学会。日本以外のアジアの国のからも多数参加した。
 アジアは世界人口の60%を占め、経済成長も著しく、薬全般の使用量も増えている。しかし、薬の多くは欧米で開発され、必ずしもアジア人に合った薬が開発されてきたとは言えない。また、アジア人にとっての適切な用量用法が見出されていないことも多い。

 一般に薬の効果や副作用の現れ方は人種によって異なり、最近ではその人種差には遺伝子配列の違いがあることも明らかにされ始めている。特に、精神・神経疾患治療薬の効果には文化的背景が大きく影響することから、アジア人に合った新薬の開発とともに既存薬の適切な用量用法の確立がより一層重要となっている。

 二大精神疾患と言われる統合失調症とうつ病に対する治療薬がそれぞれ1950年代に登場し、その後改良が加えられ多くの治療薬が開発された。その結果、精神科医療は大きく向上し、それまで隔離されていた患者の多くが病気を抱えながらも社会で活躍できるようになった。この間に登場した薬のすべてが欧米で開発されたというわけではなく、統合失調症に使われる大塚製薬のアリピプラゾールや大日本住友製薬のブロナンセリンなど、日本の製薬企業の貢献も大きい。また、世界初の認知症治療薬アリセプトはエーザイで開発された。

 しかし、統合失調症とうつ病では既存の薬では治らない患者が患者全体の30%ほどを占める。認知症や発達障害など他の精神・神経疾患においても既存の治療薬の効果は限定的であり、新薬の開発は今も求められている。また、日本では多剤大量処方による副作用で苦しんでいる患者も多く、適切な用量用法の確立も喫緊の課題である。

開発の最終段階で失敗が相次ぎ、新薬開発が暗礁に

 このようなニーズがあるにもかかわらず、

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