自然を相手にする場合は「最適=完璧」ではなく「準最適」を目指すべし
2019年11月20日
もちろん人によって美の基準は異なるため、物理の原理のように普遍的に定式化するのは不可能のように思える。美しい景色や絵画、字、建物や彫刻など、ある程度のコンセンサスはあるかも知れないが、細かいことをいえば人によってその判断は千差万別であろう。
先日、バッハをこよなく愛するピアニスト高橋望さんと「自然に学ぶ 音楽×数学~良い加減のススメ」というテーマで演奏とトークのイベントを開いた。私は高橋さんがバッハの平均律クラヴィーア曲集を演奏する合間に数学と美についてトークをしたが、異分野を繋げることができる凄いファシリテーターの拓海広志さんのおかげで、イベントは大盛況であった。
高橋さんのビアノの音色は実に美しかった。私はそれを聞きながら、この調和した響きこそがもしかしたら普遍的な美への近道なのではないかと感じていた。
音楽は不思議なもので、例えばドとソの音を同時に聞くと、多くの人はそれが調和して響き合っていると感じることができる。この背後にある秘密に初めて気付いたのが、古代ギリシアのピタゴラスである。彼は2本の弦を同時に弾いた時に出てくる音を研究し、それぞれの弦の長さを変えると綺麗に響く場合とそうでない場合があることに気が付いた。綺麗に響く場合は、弦の長さが2:1や3:2など、綺麗な整数の比になっていたのだ。
こうしてできたのがドレミファソラシドの音階で、ドの3分の2の弦の長さの音がソ、そしてソの3分の2の弦の長さにすると1オクターブ上のレになる、といった具合に繰り返すことで半音も含めた12音階がつくられた。ところが、このピタゴラス音階には最後のところで同じ音になるべきものが同じにならずにずれが出るという問題があった。このずれのことをピタゴラスコンマと呼ぶ。
ピタゴラスコンマによる不都合をなくす方法の一つとして、各音がすべて等間隔(隣り合う音の比が全て同じ)になるように作られたのが平均律である。これは微妙にピタゴラス音階と異なる響きになり、例えばドとソは厳密には3分の2の弦の長さの関係になっていない。しかし平均律のおかげでどこから出発しても等間隔で音が進むので、転調がしやすくなったのだ。実際にバッハは全ての調(全部で24通りある)を作曲し、演奏してみせた。それが平均律クラヴィーア曲集である。
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