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イルカ漁再開と伊豆半島ジオパーク

時代とともに変わる自然保護の思想、「世界標準」は存在しない

松田裕之 横浜国立大学大学院環境情報研究院教授、Pew海洋保全フェロー

伊豆で再開されるイルカの生け捕り漁

 静岡県のいとう漁業協同組合(伊東市)が今年10月、イルカ追い込み漁を飼育用の生け捕りに限って再開すると公表した。これを受け、複数の動物福祉団体が国連教育科学文化機関(ユネスコ)に「伊豆半島ジオパーク」の認定取り消しを要望する書簡を送付した。イルカを殺すことに対する欧米からの批判は強いが、欧米の考え方も時代とともに変わっている。自然保護の思想は発展途上であり、確立された「世界標準」というものは存在しない。そういう中で、この問題にユネスコがどのように反応するのか、注目している。

ユネスコ世界ジオパーク認定のための現地審査に堂ケ島を訪れた審査員一行= 2017年7月25日、静岡県西伊豆町仁科、岡田和彦撮影

 ジオパークとは地層や地形など地球の活動がもたらした姿を楽しみ、学ぶ公園を指し、2015年からユネスコの正式プログラムとなった。「ユネスコ世界ジオパーク」として2019年4月現在、世界41カ国、147地域が登録されている。うち9地域が日本である。

 伊豆半島は2018年に登録された。実は2015年にも推薦されたのだが、地元でかつてイルカ追い込み漁を行っていたことが問題の一つとされ、登録が見送られた。それはジオパークがユネスコの支援事業から正式事業に移行する直前の出来事で、世界ジオパークネットワーク(GGN)が「保留」と判断したのだった。

 ことの発端は地元の1市民から、「2004年までイルカ追い込み漁を行っていた伊豆半島でのジオパーク登録は不適当」と訴える書簡がGGNに届いたことだった。2015年に現地審査に来たジオパーク審査員が、登録申請者から釈明の手紙をユネスコ事務局長に出すように勧めたという。

 地元漁業協同組合には、伝統的な文化としての漁法を次世代に継承したいという意思があった。登録を目指していた伊豆半島ジオパーク協議会は、イルカ漁に対して賛否両論あることを踏まえたうえで、「有形・無形の文化とその多様性の継承もユネスコの役割であり、ジオパークは地形地質をベースとして地球環境や地域社会の歴史や文化などとのつながりを理解する活動であるので、どのような考えも否定せずに、地域が長い時間をかけて議論していく課題であるべき」と説明したという。

 正式事業化前ということで、ユネスコ事務局長補からは、書簡をGGNに転送した旨の返書が届き、結局、このときは見送りになった。

 ジオパークは、地元で対立が起きているような申請を忌避する傾向があると言われる。正式事業化後、伊豆ジオパークは地元漁業を含めずに再度申請し、審査過程ではイルカ漁に関する指摘はなく、2018年に無事登録された。

ジオパーク登録をめぐる多様な論点

 2015年のときに感じたのは、「イルカ漁をめぐる動物倫理の論点」「生物文化多様性を尊重するユネスコの論理」「自然資産を生かした地域振興を図るジオパークの論理」をすべて理解している人は、おそらく当事者にもいなかっただろうということだ。

伊豆・三津シーパラダイスのショーでジャンプするイルカたち=2017年4月19日、沼津市内浦長浜、岡田和彦撮影

 イルカをめぐる状況は、

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