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「個人的」原発批判、福島が教皇を動かした

2カ月前、バチカンは「平和利用」推進を呼びかけていた

尾関章 科学ジャーナリスト

拡大原爆の犠牲者に祈りを捧げるフランシスコ教皇=11月24日、広島市中区の平和記念公園、上田幸一撮影
 ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は11月下旬の来日時、長崎や広島で核兵器の廃絶を訴えただけではなかった。東京では東日本大震災の被災者を前にしたスピーチで、脱原発の必要を示唆した。「天然資源の用い方、とりわけ未来のエネルギー源について重大な決断がなされなければならない」と明言して、日本のカトリック司教団が原発を廃止するよう求めていることに言及したのである。

「個人的考え」と断って

拡大「核兵器に関するメッセージ」を述べるフランシスコ教皇=11月24日、長崎市の爆心地公園、林敏行撮影
 ローマ教皇と言えば、信徒が約13億人もいるキリスト教宗派のトップ。宗教界のリーダーとして世界平和を目標に掲げてきた。長崎、広島で核兵器、即ち原子力の軍事利用を批判するのは、もっともなことだ。だが、それだけでなく「平和利用」にまで物申したのだ。この発言は海外も含めてメディアの注目を浴びた。

 実際、フランシスコ教皇の原発に対する姿勢は日本からの帰途、特別機内での記者会見でも話題になったようだ。朝日新聞の報道によれば、教皇は「個人的な考え」と断ったうえで「安全が保障されない限り、核エネルギーは使うべきではない」と語ったという(2019年11月27日付夕刊)。

 脱原発が「個人的な考え」というのは、その通りらしい。バチカンの教皇庁がつい最近も、脱原発とは逆向きのメッセージを発信しているからだ。

教皇庁は「平和利用推進」

 すでに気づいている人も少なくないだろうが、教皇庁の広報ウェブサイト“Vatican News”にその証拠がある。今年9月17日付で「教皇庁、原子力平和利用の推進を呼びかける」という記事が載っている(英文テキストを筆者が和訳)。バチカン市国のポール・リチャード・ギャラガー外務長官が9月16日、国際原子力機関(IAEA、本部ウィーン)の総会で演説した内容を伝えたものだ。

 記事本文には「教皇庁は、IAEAの核不拡散や核軍縮のみならず、核技術の安全・確実で平和的な開発や運用をもめざす努力と貢献に対し、改めて支持を表明した」とある。ギャラガー長官は、IAEAによって提供されるさまざまな核関連の科学技術が、持続可能な開発目標(SDGs)達成の助けになるとの認識を示した、という。ここで注目すべきは、長官がSDGs達成に貢献しているとして挙げた分野に気候変動対策が含まれていることだ。原子力発電が火力発電に取って代われば、温室効果ガスの二酸化炭素(CO₂)排出を減らせる、という理屈だろうか。

 この演説は、IAEA総会での挨拶だ。社交辞令の側面はある。IAEAは、アイゼンハワー米大統領(当時)が1953年の国連総会で「平和のための原子力」を呼びかけたことがきっかけで設立された国際機関。原子力の平和利用促進と軍事転用防止を目的に掲げている。ただそうだとしても、称賛するのは核不拡散、核軍縮に対する尽力だけで足りたはずだ。

現教皇は巨大技術に懐疑も

 もう一つ興味深いのは、ギャラガー長官が原子力の平和利用支持を表明した人として、前教皇ベネディクト16世の名を挙げていることである。深読みすれば、フランシスコ教皇は、これまでも「個人的な考え」を周りにもらしていたのかもしれない。実際、この“Vatican News”の記事中には、「フランシスコ教皇は、巨大科学技術の進歩、発展が人間の責任や価値観、良心の向上を伴うとは限らなかったことを嘆いた」との記述もある。ここからも、現教皇は科学技術の負の側面に敏感なことがうかがわれる。科学技術が大きくなりすぎると人間の制御を超えることがある、と見抜いていたようにも思えるのだ。

 おそらくはカトリック教会内部でも意見が分かれるなかで、フランシスコ教皇は今回、一歩踏み込んだのだ。それはやはり、

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筆者

尾関章

尾関章(おぜき・あきら) 科学ジャーナリスト

1977年、朝日新聞社に入り、ヨーロッパ総局員、科学医療部長、論説副主幹などを務めた。2013年に退職、16年3月まで2年間、北海道大学客員教授。関心領域は基礎科学とその周辺。著書に『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)、『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)、共著に『量子の新時代』(朝日新書)。1週1冊のブログ「本読みby chance」を開設中。

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