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ゲノム編集食品は今年、市場に受け入れられるか

遺伝子組み換え作物との共通点と相違点から見えてくる「これから」

小島正美 食・健康ジャーナリスト

拡大Golden Sikorka, shutterstock.com
 狙った遺伝子を効率よく書き換えられるゲノム編集技術を使った食品の届け出制度が昨年10月から始まった。日本国内ではすでに「健康によいトマト」「毒のないジャガイモ」「長持ちするトマト」「肉厚のタイ」などが開発されている。届け出はまだないが、はたして国産のゲノム編集食品は市場で流通するのだろうか。2020年の年頭に当たり、遺伝子組み換え(GM)作物の問題を20年以上取材してきた記者として、大胆に予測してみる。

米国で栽培が始まった組み換え作物

 遺伝子組み換え作物は1996年に米国で栽培が始まった。最近登場してきたゲノム編集食品も、遺伝子を操作する技術としてはこれと同類だ。

 ゲノム編集食品については、「従来の品種改良と差はない」との理由で、厚生労働省によって「安全性の審査は不要」となった。しかし、消費者にとっては、ゲノム編集食品は未知で聞き慣れない新しいテクノロジーに映る。その意味では、現在の状況は組み換え作物が登場した20年余り前の状況と似ている。

 ゲノム編集食品が今後、どのような道をたどるかは、組み換え作物がたどった歴史の教訓から、かなり予測できるのではないかと考える。

日本では市民団体の反対が強く、民間企業は撤退

 筆者は1990年代から組み換え作物の問題をずっと追いかけてきた。その過去の歴史をひと言で言えば、「受難の連続」だった。

拡大サントリーの「青いバラ」発売会見=2009年10月20日、東京・赤坂のサントリーホール、安冨良弘撮影

 まず当初から市民団体の反対運動が強かったことが挙げられる。除草剤をまいても枯れない組み換え大豆などを開発した米国の旧モンサント社(2018年夏、ドイツのバイエルに買収された)と愛知県農業総合試験場は除草剤耐性のイネを開発しようとしたが、猛反対の嵐が吹き荒れた。結局、2003年で研究は終わり、市民団体が勝利した。

 こうした研究開発に対する反対運動は岩手、新潟、香川でも次々に起き、結局、国内の民間企業はサントリーの青いバラを除き、組み換え作物の開発から撤退してしまった。

自治体の条例で生産農家は孤立

拡大試験研究機関による遺伝子組み換えイネの野外栽培実験に反対して座り込みをする地元関係者ら=2006年7月19日、新潟県上越市、岩崎賢一撮影
 大豆やトウモロコシ、ナタネなどの組み換え作物の国内での栽培は法律で禁止されているわけではない。しかし、各種市民団体の全国的なネットワークを活用した反対運動の盛り上がりで北海道、岩手、新潟、千葉、神奈川、兵庫などの自治体が次々に条例を制定し、実質的に組み換え作物の栽培を禁止する側に回った。

 これに対し、

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筆者

小島正美

小島正美(こじま・まさみ) 食・健康ジャーナリスト

1951年愛知県生まれ。愛知県立大学卒業。2018年まで毎日新聞記者。現在は「食生活ジャーナリストの会」代表。著書に「メディア・バイアスの正体を明かす」など。

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