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竹筏舟の失敗が考古学誌の論文になった

丸木舟の航海に挑戦したのは、うまくいかなかった竹筏舟の試行があったからだ

米山正寛 ナチュラリスト

 丸木舟による台湾から与那国島までの航海を昨年に成功させ、先史時代の日本人の祖先による航海の可能性を示した「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」。その最初の学術論文が英考古学誌「Antiquity」に発表された。だが、その内容は丸木舟の成功報告ではなく、それに先行して実施した竹筏舟の失敗報告となっている。

クラウドファンディングで6000万円近くが集まった

竹筏舟の「イラ1号」=写真はいずれも「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」提供
竹筏舟の「イラ2号」

 国立科学博物館が中心となり、冒険家や考古学者らも参加したこのプロジェクトは、いわゆるオープンサイエンスの形を取った。約3万年前に日本列島へ現れた人々は、どのように海を渡ってきたのか?その謎の解明に近づこうと、2013年から準備を始め、実際に古代の技術による航海を再現することを目指した。実施に必要な資金の多くを個人や企業からの寄付に頼り、クラウドファンディングだけでも6000万円近くを集めた。そのお礼の形として、支援者と報道関係者へ実験と並行した情報発信を続けたため、まず草束舟、そして竹筏舟の試行が相次いで失敗し、そのうえで昨年7月の丸木舟航海の成功があったことは、すでに周知の事実となっている。

 とはいえ、7年を要したプロジェクトの研究報告をまとめる必要性はある。時系列に沿って報告されるのが良さそうなものだが、草束舟の報告は後回しにして、竹筏舟の報告を先行させた。その理由を、プロジェクト代表の海部陽介さん(国立科学博物館人類史研究グループ長)は「丸木舟でなぜ実験航海をやる必要があるのか、を示しておく必要があった。すなわちそれは、竹の舟の可能性を否定することだった」と説明する。丸木舟による航海の成功は、国内での報道はもとより、海外でも台湾のみならず、米科学誌「Science」がニュースとして取り上げるなどして、世界に伝わった。その挑戦の意味を真っ先に伝える必要に迫られたというわけだ。

竹の舟は東アジアでありえたのか?

台湾で見られるマチク。日本の竹類よりも大きい
 現生人類のホモ・サピエンスが、世界で初めて海洋に進出したと注目される場所は「ウォレシア」と呼ばれる海だ。インドネシア東部に位置し、ジャワ島やボルネオ島などとニューギニア島やオーストラリア大陸とを隔てている。4万7000年前かそれ以前に、人々はこの海を舟で渡って東南アジアからオーストラリアへ進出したとみられる。その時の舟は、どんなものだったのだろうか。明確な証拠があるわけではないが、周辺に豊富な竹を材料にしたとする考え方が有力だという。

 過去に、この海域での試行として、帆を立てた長さ約20メートルもの竹筏舟に乗って800キロ以上を移動したという報告もあるそうだ。ただ、海部さんは「竹を材料とするのはかまわないが、そんな巨大なものは古代の技術で操作できないので、誰も作らないだろう。モデルの立て方が甘いと思う」と切り捨てる。

 さて、約3万年前に台湾から与那国島を経て、琉球列島へ広がったと考えられる人々の航海に目を向けよう。東アジアにも竹は広く分布するので、舟の材料として竹が使われていたという想像はできる。台湾東岸には直径が20センチほどにもなる大きな竹のマチクが分布する。日本国内ではモウソウチクやマダケが大きく育つが、それらよりもさらに大きくなる竹だ。台湾では最近まで、地元のアミ族の人々が沿岸の海で、マチクを素材にした竹筏舟を利用してきたそうだ。

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