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iPS細胞への過剰な期待を煽ってはいけない

わずか1例の心筋シート手術を大きく報道し、遺伝子異常は問わないアンバランス

川口浩 東京脳神経センター整形外科・脊椎外科部長

 実際、今年になってからも、出荷したiPS細胞の一部を目的の細胞に分化させた際に、癌化に関連する遺伝子の異常が起きていたことが複数の関係者から明らかにされ、CiRAもこの事実を認めたと毎日新聞が報じた。たとえ同時に作られた細胞であっても、分配先の違いのみならず容器によっても異常の有無や内容が異なっていたという記事で、iPS細胞の安全性の担保が極めて困難であることを示している。

 CiRA のiPS備蓄事業の製造統括責任者は「どんな細胞でも培養や分化の過程でエラーは起こりうる。丁寧に試験をして使っていくしかない」と説明している。確かに一部の研究者には受け入れられる意見だが、患者さんの安全を最優先に考えるべき我々臨床医にとってはかなりの違和感と温度差がある。

 問題は、この報道に対してCiRAが何の公式声明も出していないことである。臨床現場で安全性を確保するには、本来なら第三者がオープンな場で厳密な評価をすることが必須だが、現状でそんなことが可能なのだろうか? 政府が目論んでいた「事業化」への道のりは、果てしなく遠いという印象だ。

基礎研究をいきなり応用する無理

 そもそもノーベル医学生理学賞を受けた山中教授の業績とは、分化成熟した細胞が受精卵レベルに逆戻りすることが可能であると示した「初期化(リプログラミング)」に対する評価である。従来の発生学の常識を覆す世紀の大発見であることは間違いないが、生物学の「基礎中の基礎」とも呼べる領域での研究業績なのだ。iPS細胞を細胞移植治療として臨床応用するには、作成法の標準化や腫瘍化を含めた品質保証などの大きな障壁が立ちはだかっていることは、臨床医療のプロフェッショナルであれば当初から気づいている。

拡大iPS細胞を冷凍保管する施設=2019年7月2日、東京都新宿区の「ハートシード」
 しかし同じテーマでノーベル賞を共同受賞者したジョン・ガードン博士の英国では、再生医療が国策になったなどという話は聞かない。むしろこうした政策に対して英国は極めて冷静であり、同国で発行される国際的な科学誌であるNatureも、日本の再生医療製品であるハートシートステミラックを批判的に取り上げ、早期承認の経緯などを「premature and unfair(稚拙で不公正)」であると問題視している。

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筆者

川口浩

川口浩(かわぐち・ひろし) 東京脳神経センター整形外科・脊椎外科部長

1985年、東京大学医学部卒。医学博士。米コネチカット大学内分泌科博士研究員、東京大学医学部整形外科教室助手・講師・准教授、JCHO東京新宿メディカルセンター脊椎脊髄センター長などを経て、2018年より現職。日本整形外科学会専門医、日本整形外科学会認定 脊椎脊髄病医。国際関節病学会理事、日本軟骨代謝学会理事。

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