下條信輔(しもじょう・しんすけ) 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授
カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授。認知神経科学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
検査がもっている不確実性と認知バイアス
メディアは新型コロナ一色だ。特に最近はPCR検査をめぐって議論が起きている。WHOは「とにかく検査、検査、検査」とあおり、韓国では日本の18倍もの検査が実施されている(3月19日、FNN.PRIME)。欧米メディアも「韓国を模範」とするか(3月18日、ロイター)、むしろ「検査を限定する日本のやり方に注目」するか(3月25日、時事)、分かれた。
そこで、前稿に続いてPCR検査の「精度」を確率論から分析したい。ここでも、簡単な数字のイリュージョン(錯覚)と心理的な盲点が、認知にバイアスをかけている。結論を先取りすると、検査、検査という主張は、不確実性を無視しすぎており、防疫にも医療体制にも悪影響を及ぼす恐れがある。
まずは読者にひとつ問題を出そう。
問題
今ある人がPCR検査で「陽性」と判断されたとする。この人が本当に感染している確率は、どれほどか? ただし、検査の「感度」=70%、「特異度」=98%、真の感染率=1%とする。(検査に至った経緯や、発熱・咳など他の所見は無視する)。
ここで感度とは、本当に感染している人を正しく「陽性」とする確率のことだ。また特異度とは、感染していない人を正しく「陰性」とする確率をいう。「感度が70%というんだから、答えはおよそ70%」と直感的に思った読者が多いのではないか。あるいは、こうあらためて訊かれれば警戒するが、ニュースなどで「クラスターで陽性が10人」=「10人が感染」と素直に受け取ってしまう向きも多いだろう。
正解は、約26%だ。判定が「陽性」でも、本当の感染者は10人中3人以下ということだ。これはかなり直感に反するだろう。驚きついでに、もうひとつ質問。この確率(陽性で、本当に感染している確率)は、母集団の感染率(たとえば日本全体で、真に感染している人の割合)の影響を受けるだろうか。「感度が変わらない以上、変わらない」と答えた方、残念ながらまたもや誤答だ。
よく知られる確率のイリュージョン(認知心理学で「ベイズ確率の反直感性」と呼ばれる現象)が、起きている。
なぜ正解がこうなるのか、順を追ってわかりやすく説明しよう。まず検査の「正解」「不正解」には、それぞれ2種類あることを、「信号検出理論」の観点から理解したい。信号検出理論というのは通信の評価から発した理論で、発信した信号にノイズが混じるとき、受信側が正しく信号を検出できるかを問う。転じて、感覚・知覚の研究や神経科学でも、応用されている。