検査がもっている不確実性と認知バイアス
2020年03月27日
メディアは新型コロナ一色だ。特に最近はPCR検査をめぐって議論が起きている。WHOは「とにかく検査、検査、検査」とあおり、韓国では日本の18倍もの検査が実施されている(3月19日、FNN.PRIME)。欧米メディアも「韓国を模範」とするか(3月18日、ロイター)、むしろ「検査を限定する日本のやり方に注目」するか(3月25日、時事)、分かれた。
まずは読者にひとつ問題を出そう。
問題
今ある人がPCR検査で「陽性」と判断されたとする。この人が本当に感染している確率は、どれほどか? ただし、検査の「感度」=70%、「特異度」=98%、真の感染率=1%とする。(検査に至った経緯や、発熱・咳など他の所見は無視する)。
ここで感度とは、本当に感染している人を正しく「陽性」とする確率のことだ。また特異度とは、感染していない人を正しく「陰性」とする確率をいう。「感度が70%というんだから、答えはおよそ70%」と直感的に思った読者が多いのではないか。あるいは、こうあらためて訊かれれば警戒するが、ニュースなどで「クラスターで陽性が10人」=「10人が感染」と素直に受け取ってしまう向きも多いだろう。
正解は、約26%だ。判定が「陽性」でも、本当の感染者は10人中3人以下ということだ。これはかなり直感に反するだろう。驚きついでに、もうひとつ質問。この確率(陽性で、本当に感染している確率)は、母集団の感染率(たとえば日本全体で、真に感染している人の割合)の影響を受けるだろうか。「感度が変わらない以上、変わらない」と答えた方、残念ながらまたもや誤答だ。
よく知られる確率のイリュージョン(認知心理学で「ベイズ確率の反直感性」と呼ばれる現象)が、起きている。
なぜ正解がこうなるのか、順を追ってわかりやすく説明しよう。まず検査の「正解」「不正解」には、それぞれ2種類あることを、「信号検出理論」の観点から理解したい。信号検出理論というのは通信の評価から発した理論で、発信した信号にノイズが混じるとき、受信側が正しく信号を検出できるかを問う。転じて、感覚・知覚の研究や神経科学でも、応用されている。
表を見てもらえばわかる通り、まず信号(医療検査なら被験体)の側に、信号(感染)あり/なしの二通りがある(表の左欄)。これに対し応答(検査結果)は、いうまでもなく陽性/陰性の二通りだ(上段)。
答えが26%と驚くほど低いのは、この二つ目(False Alarm)が実は大きな割合を占めているからだ(図参照)。逆に、「陰性と判定されて、実際には感染している確率」は、この条件下では極めて低く、0.3%しかない。つまり偽陰性はほとんど出ない。
言ってみればこの検査方法は、目の粗い網のようなものだ。本当の魚(感染者)をしばしば逃してしまうが、小魚(非感染者)を誤って捉えることはほとんどない。感染者10人のうち7人にしか正しく「陽性」の判定を出せないほど、網の目は粗いが、本当の被感染者を「陽性」と間違えて網にかける割合は2%しかない。
検査についてひとつ強調しておきたいのは、上記確率が母集団の感染率によって大きく変わることだ。感度、特異度の値によっても、いくらか変わってくる(グラフ参照)。
ここまで、検査の不確実性を確率で論じてきたが、現実に何か示唆があるだろうか。
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