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続・新型コロナウイルス感染症「COVID-19」の数字を読む

検査がもっている不確実性と認知バイアス

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 メディアは新型コロナ一色だ。特に最近はPCR検査をめぐって議論が起きている。WHOは「とにかく検査、検査、検査」とあおり、韓国では日本の18倍もの検査が実施されている(3月19日、FNN.PRIME)。欧米メディアも「韓国を模範」とするか(3月18日、ロイター)、むしろ「検査を限定する日本のやり方に注目」するか(3月25日、時事)、分かれた。

北九州市小倉南区の職員が新型コロナウイルス感染者と判明し、区役所を消毒する作業員=2020年3月24日、藤脇正真撮影
 そこで、前稿に続いてPCR検査の「精度」を確率論から分析したい。ここでも、簡単な数字のイリュージョン(錯覚)と心理的な盲点が、認知にバイアスをかけている。結論を先取りすると、検査、検査という主張は、不確実性を無視しすぎており、防疫にも医療体制にも悪影響を及ぼす恐れがある。

検査の「感度」「特異度」とは

 まずは読者にひとつ問題を出そう。

問題
 今ある人がPCR検査で「陽性」と判断されたとする。この人が本当に感染している確率は、どれほどか? ただし、検査の「感度」=70%、「特異度」=98%、真の感染率=1%とする。(検査に至った経緯や、発熱・咳など他の所見は無視する)。

 ここで感度とは、本当に感染している人を正しく「陽性」とする確率のことだ。また特異度とは、感染していない人を正しく「陰性」とする確率をいう。「感度が70%というんだから、答えはおよそ70%」と直感的に思った読者が多いのではないか。あるいは、こうあらためて訊かれれば警戒するが、ニュースなどで「クラスターで陽性が10人」=「10人が感染」と素直に受け取ってしまう向きも多いだろう。

1万人を検査すると、70人+198人が陽性と判定される。本当の陽性は70人だから、結果が正しい確率は70÷268=26%

 正解は、約26%だ。判定が「陽性」でも、本当の感染者は10人中3人以下ということだ。これはかなり直感に反するだろう。驚きついでに、もうひとつ質問。この確率(陽性で、本当に感染している確率)は、母集団の感染率(たとえば日本全体で、真に感染している人の割合)の影響を受けるだろうか。「感度が変わらない以上、変わらない」と答えた方、残念ながらまたもや誤答だ。

 よく知られる確率のイリュージョン(認知心理学で「ベイズ確率の反直感性」と呼ばれる現象)が、起きている。

直感に反するベイズ確率

 なぜ正解がこうなるのか、順を追ってわかりやすく説明しよう。まず検査の「正解」「不正解」には、それぞれ2種類あることを、「信号検出理論」の観点から理解したい。信号検出理論というのは通信の評価から発した理論で、発信した信号にノイズが混じるとき、受信側が正しく信号を検出できるかを問う。転じて、感覚・知覚の研究や神経科学でも、応用されている。

 表を見てもらえばわかる通り、まず信号(医療検査なら被験体)の側に、信号(感染)あり/なしの二通りがある(表の左欄)。これに対し応答(検査結果)は、いうまでもなく陽性/陰性の二通りだ(上段)。

実は「陽性」判定にも「陰性」判定にも2種類がある。PCR検査は感度が低いため、特にこの偽陽性が増える問題がある
 ここで重要なのは、陽性判定といっても「本当に感染していてその通りに正しく陽性と判定された」という場合(HIT)と、「実は感染していないのに誤って陽性と判定された」という場合(False Alarm;偽陽性)の二通りがあることだ。だからこの二つを合わせた全体の陽性判定の中で、HITの割合がどれほどかを見る必要がある。それが「陽性で、実際に感染している確率」になる。

 答えが26%と驚くほど低いのは、この二つ目(False Alarm)が実は大きな割合を占めているからだ(図参照)。逆に、「陰性と判定されて、実際には感染している確率」は、この条件下では極めて低く、0.3%しかない。つまり偽陰性はほとんど出ない。

 言ってみればこの検査方法は、目の粗い網のようなものだ。本当の魚(感染者)をしばしば逃してしまうが、小魚(非感染者)を誤って捉えることはほとんどない。感染者10人のうち7人にしか正しく「陽性」の判定を出せないほど、網の目は粗いが、本当の被感染者を「陽性」と間違えて網にかける割合は2%しかない。

横軸は対数目盛り。左端は1000人にひとり、右端は10人にひとりが本当に感染している場合を示す。(coding by Kensuke Shimojo)
 このように証拠(検査結果)から原因(感染の有無)を推定する方法を「ベイズ推論」といい、そこで使われる確率をベイズ確率と呼ぶ。ベイズ確率がしばしば直感に反することはよく知られていて、いろいろ論争もある(本欄拙稿『心理リアリティと原発』、Shimojo & Ichikawa, Cognition, 1989などを参照)。

 検査についてひとつ強調しておきたいのは、上記確率が母集団の感染率によって大きく変わることだ。感度、特異度の値によっても、いくらか変わってくる(グラフ参照)。

むやみに検査数を増やす弊害

 ここまで、検査の不確実性を確率で論じてきたが、現実に何か示唆があるだろうか。

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