メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

「もっとも創造性の高い物理学者」フィリップ・アンダーソン氏逝く

「more is different」の名言を残し、固体物理学と日本文化を愛した

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

拡大箱根の彫刻の森美術館を訪れたときのアンダーソン氏=1999年、福山秀敏氏提供
 氏は日本での講演で「1967年は素粒子物理学の体制派の傲慢さが一時的に最高潮に達したときでした。彼らは政府の諮問機関の重要な地位を占め、海外渡航が自由自在にできる研究費を獲得し、雇用すればどこの大学にとっても利益となるようなオーバーヘッドを与えられていました。一方、物性物理学の同僚たちは、例えば国立科学アカデミーに認められるのも困難でしたし、エール、コロンビア、プリンストンなどの主要な大学の物理学科には、物性物理学に関して全く名目上の代表者がいるに過ぎませんでした」と背景を説明し、「素粒子物理学のみが真の知的挑戦に値する専門分野であり、他の分野、とりわけ私が愛着を持っていた固体物理学は化学の亜流であり、それ自体としては自然法則の知的構造を持っていない」という当時広まっていた見方への反論だったと解説している。

 こうした「私怨」があったにせよ、「全体は部分の合計ではない。それとはまったく異なるものだ。だから階層ごとに科学が必要だ」という主張は、自然を理解するうえで核心をつくものだった。「more is different」は、のちに勃興してきた複雑系の研究者たちのモットーとなって広まり、経済学を含む科学全体に大きな影響を与えるようになった。アンダーソン氏自身、1984年に米国ニューメキシコ州にできた複雑系を研究するサンタフェ研究所の設立メンバーとなり、理論物理学からコンピューター科学、生物学から社会科学に至る学際的な研究を後押しした。

論文分析から認定された「創造性No.1」物理学者

 氏は80年代に米レーガン大統領が進めようとした戦略防衛構想(SDI)に、科学者の先頭に立って反対した。米国の超大型加速器(SSC)建設にも反対した。巨大科学よりもスモールサイエンスを大事にすべきだという立場は一貫していた。

 物理学者の「創造性」を、論文がどれだけ引用されたか、その論文自身がどれだけ先行論文を引用しているかの二つの観点から計量化した2006年の研究論文では、並み居るノーベル賞学者の中でアンダーソン氏がもっとも創造性が高いと判定された。ちなみに、2位は

・・・ログインして読む
(残り:約1468文字/本文:約3435文字)


筆者

高橋真理子

高橋真理子(たかはし・まりこ) ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

1979年朝日新聞入社、「科学朝日」編集部員や論説委員(科学技術、医療担当)、科学部次長、科学エディター(部長)、編集委員を経て科学コーディネーターに。2021年9月に退社。著書に『重力波 発見!』『最新 子宮頸がん予防――ワクチンと検診の正しい受け方』、共著書に『村山さん、宇宙はどこまでわかったんですか?』『独創技術たちの苦闘』『生かされなかった教訓-巨大地震が原発を襲った』など、訳書に『ノーベル賞を獲った男』(共訳)、『量子力学の基本原理 なぜ常識と相容れないのか』。

 

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

高橋真理子の記事

もっと見る