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コロナの「隠れ犠牲者」をどのように把握するか

死因に寄与している可能性が少しでもあればコロナ死とするスウェーデン方式の合理性

山内正敏 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員

米国ニューヨークのセントラルパークに設置された野外病院。ベッド68床と人工呼吸器10台を備える=2020年4月12日、藤原学思撮影
 新型コロナはどれくらい怖い病気なのか。それを端的に表すのが死亡率だ。死亡率には、図1に示すように分母をどう取るかで各種の定義がある。
図1:死亡率の考え方

 分母を広く図1の1-6に取ったのが感染死亡率(IFR)だ。1-5だと有症状死亡率(IFR-S)で、発病者(1-4)に限る場合もある。日本の場合は症状があれば医者にかかる人が大半だろうが、欧米では症状が多少出ても医者にかからない人が多いからだ。また、医療関係者で一般に使われるCFR(case fatality rate)というのは、感染が確定した者の死亡率を指す。

 これら死亡率を決める上で、分母と分子の数字が正確かどうかが問題となる。よく問題になるのは、CFRの分母が検査方針で大きく変わることだが、実はコロナに関しては分子の死亡者数も曖昧で、西欧でも実態を把握しきれていない。本稿では、各国の政府機関が出している数字とニューヨークタイムズの記事を紹介しつつ、「隠れコロナ犠牲者」の問題を考えたい

コロナ犠牲者の定義のバラツキがある

 まず、もともと重病だった人の死期をコロナが早めただけの場合をコロナ死亡者に含めるかどうか、国や地方によって違いがある。加えて、ケアハウス(主に、何らかの介助が必要な老人が入るホーム)など、病院外での死亡は検査ができていないことも多い。フランスやスペインではケアハウスで大量の死者が出て問題になり、それ以来、その把握に努めるようになったが、イギリスでは最近までケアハウスの数字が出ていなかった。今はこれら「不確定死亡者」がWHOへの報告に加えられるようになったが、それでも完全な把握には至っていない。

 対照的に、全てを加えてきたのがスウェーデンだ。ストックホルムの大学病院で医師をしている宮川絢子博士のForbesインタビュー記事によると、死亡診断書では、死亡原因として寄与した主要病名の全てをオンラインシステムに記入する(日本は主因のみで、しかも手書き)。つまりコロナに少しでも寄与があると判断されたら、公式報告に加わる。当然ながら、病院外の原因不明の病死もコロナが要因のひとつとして書かれるはずだ。こちらは少し遅れるので、それは過去に遡って死亡数を更新する。

図2:スウェーデンの死亡者の推移

 曖昧さの少ない基準での死者数の変動が分かるから、流行の度合いも分かりやすい。実際、毎日報告される死亡者数のグラフは1週間平均をとってすら図2の黒線のようにでこぼこが大きいが、死亡日でグラフにすると赤線に示すように非常にスムーズで、報告数が減り始めた時期より10日ほど早く死者が減少に転じていたことが分かる。

 この正確なデータと新規に集中治療を受ける重症者(救命率9割)の数の推移を併用すれば、スウェーデンが採った対策のどれが重要だったか調べやすいし、第2波を含めて今後の参考になる。だからこそWHOもスウェーデン式規制を、ロックダウン緩和の参考にするように言っている。この報告方式は最近イギリスも採用し始めた。

 ベルギーも丁寧だ。毎日の報告書に病院内と病院外での死亡者数を地区ごとに分けて報告し、さらに病院外を細分している。しかし、そうでない国のほうが多いだろう。

 スウェーデンのようなカウント法に学術的な立場から異論もあるかも知れない。しかし、一般人に必要なのは、コロナ感染ならびにその二次災害でどれだけの犠牲者が出たか、取りこぼしは本当にないのか、ということだ。全てを含めるスウェーデン方式は理にかなっているのであり、だからこそ仏英スペインも病院外の病死について追随するようになった。

ニューヨークタイムズの検証で推定された隠れ死者

 「隠れコロナ犠牲者」が各国にどれくらいいるかを検証したのがニューヨークタイムズの4月下旬の記事だ。死者数の多い10の国または都市について、3月9日~4月5日の4週間の死者数が平年よりどれだけ多いかを調べ、その超過分と、公式発表のコロナ死者数を比較したのである。翌週には米国7州の結果も報告していたので、その結果もあわせて表1にまとめる。

表1:死者数の多い地域の「隠れコロナ死亡者」

 4月5日といえば、スペインやフランスのケアハウスの「大量死」の数字が反映され始めた時期だ。それでも、超過死亡数は、公式のコロナ犠牲者数の1.3-2倍という結果が出ている。正確な値を報告していたのはベルギーとスウェーデンだけだ。

 日本はどうだろうか。コロナ感染の疑いがあるだけではコロナ死亡者にならないし、極めて限られた検査でのコロナ感染者しか死亡数に入れていないから、隠れ死亡者がはるかに多い可能性がある。

 これを検証するにはニューヨークタイムズと同じように平年の死亡者数からの超過分を調べるべきだろう。そこで東京の人口動態で調べた(図3)。「平年」の予想数は2018年まである年間死亡者数の推移から2019、2020年も推定して(外挿)、それを単純に12で割った。それによると、2月(ピンクの線)は2020年は他の年より低いぐらいで、隠れ死者のいないことを示す。2月にコロナは確かに抑えられていたのである。

図3:東京のここ5年の死亡者数の移り変わり。点線は2018年までの変動から推定した年間値を12で割ったもの。
東京都統計部

 しかし3月(橙色の太線)が問題だ。複数の区市で急上昇が見られている。港区や杉並区はギリギリ自然なふらつきの範囲だが、東大和市はふらつきの範囲を超えた増加となっている。2月に減った分の揺り戻しの可能性もあるが、「隠れコロナ犠牲者」の可能性も否定できない。その数字は東京都全体で最大150人と見積もられる。3月の公式のコロナ死亡者は15人だから、最悪の場合10倍だ。

 一見非現実的な値だが、免疫検査を使った感染死亡率の日欧の差(ドイツ0.4%、東京0.02%)と同じだから、あり得ない話ではない。しかも東京23区では肺炎死の異常な上昇も報告されていて(インフルエンザ関連死亡迅速把握システム)、それらをコロナと確定しきれなかったと考えると、つじつまも合うのである。

 4月の人口動態が出れば、もっと正確なことが分かるだろう。

流行地では、人口の0.3%がコロナの犠牲になっている

 欧米の流行都市での死亡者数を表2にまとめてみた。最後の欄にケアハウスに関する注釈をいれた。というのも、ケアハウス等の死亡者が公式統計(WHOへの報告数)に入っているかどうかは国によって異なるからだ。日本では未だにWHOなどの不完全なデータを使って、各国の国平均の議論ばかりしているが、それでは今や不十分なのである。

表2:感染流行地での死亡率

 マドリッドでは人口の0.27%が既に亡くなっていて、最終的に0.3%を超えると予想される。ニューヨーク市も0.24%で、特に低所得地区ではマドリッドを超えているだろう。北イタリアは、その広範な領域の平均すら人口の0.15%が既に亡くなっていて、州内の街ごとの感染率の違いを考慮すると、感染中心に近いミラノ近隣ではコロナ死者数が0.3%に迫っているはずだ。

 一方、ブリュッセル、ロンドン、パリ、ストックホルムなど、医療が生きている都市では人口の0.1%内外が犠牲になっていて、その半分はケアハウスだ。ケアハウスでの感染者は欧州ではリソースによほどの余裕がない限りICUに入れないのが普通だが、だからといって死亡率を押し上げている訳ではない。

 こうして、流行都市では高くて似通った数字「人口の0.1%以上がコロナの犠牲」「医療崩壊すると人口の0.3%がコロナ犠牲者」が出るようになった。何故なのかは専門家に解釈を委ねたい。

データは各国の政府機関が出しているものを使うべし

 表で使った数字は各国の政府機関のサイトから直接得たもので、WHOへの報告を基にした値より正確である。3月の緊急時はともかく、より正確で重要な情報が必要な今は、各国の政府機関サイトのほうを使うべきだろう。

以下、各国のサイトを概観する。

イタリア:githubという機械読み取りの可能な形式。

スペイン:時系列データのエクセルファイルがダウンロード出来る。

フランス:独自の機械読み取りの可能な形式。

オーストリア:各種ソースデータにリンクしている。

ドイツ:毎日のレポートが極めて充実していて、例えば感染日を遡って推定する図を毎日更新している
ドイツの雑誌:各市ごとの人口あたりの死亡率まで視覚化している、極めて充実したサイト。これから、隣町すら移動を制限する価値があることが一目瞭然である。

ベルギー:ドイツ同様に毎日のレポートが極めて充実しているし、機械読み取り形式のデータもダウンロードできる。

スウェーデン:時系列だけでなく、年齢構成なども入ったエクセルファイルがダウンロード出来る。

スウェーデン放送:放送局の中ではとりわけ優秀なサイトで、EU(WHOと基本的に同じ)とスウェーデン公衆衛生局のデータを組み合わせてより正確な時系列プロットを出している。

イギリス機械読み取り形式のダウンロードができるページにリンクしている。

英国国営放送(BBC):隠れ死亡者の可能性を指摘

厚労省:都道府県別の死者数が不完全で、4月下旬まではWHOへの報告の際の総死者数から東京の死者数のほとんどを除いていたし、4月中旬までは数字の違いの説明すらなかった。5月9日には「集計方法を変更した」との理由で8日時点の東京都の死亡者を19人から171人に修正した。政府機関のデータがここまで不完全なのは先進国では日本だけだろう。

日本の民間:東洋経済の編集部の人が各都道府県の報告を元に、統計解析に耐えるダウンロード可能なデータベースを作っている。

追記(2020年5月28日)

この記事が公開されて9日後に、文中でリンクしたインフルエンザ関連死亡迅速把握システム(国立感染症研究所)のグラフが修正された。佐藤章『「超過死亡グラフ改竄」疑惑に、国立感染研は誠実に答えよ!』を参照いただきたい。