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想定された「64万人の死者」 分野を問わないリスク評価で危機の見落とし防げ

地震、津波、大雨…… 自然災害に偏った備えで、強靱な国づくりと言えるのか

黒沢大陸 朝日新聞大阪本社編集局長補佐

拡大マスク姿の通勤客らの波が途切れることなく続くJR品川駅の自由通路=4月8日、鬼室黎撮影
 政府が南海トラフの巨大地震で被害想定した最悪の死者32万人の2倍の死者が想定された災いがある。「64万人」という数字は思い当たるだろうか。新型インフルエンザが大流行した場合に備えて政府が2005年に策定した行動計画のなかで示した想定だが、この数字は「32万人」のように大きく報道はされなかった。南海トラフの巨大地震も首都直下地震も起きていない現在、社会が直面するのは新型コロナウイルスによる危機。この国は、さまざまなリスクについて分野を問わずに相対的に評価して、脅威を見極めたうえで被害を減らす政策立案はできていたのか。

 南海トラフでマグニチュード(M)9という巨大地震が起きた場合の被害想定は、2012年8月に発表されトップニュースで報じられた。32万人という数字は、大きな見出しになり、関連した報道でも強調され続けた。その後、対策が進んだとして、政府は2019年に想定を最悪23万人に引き下げている。

拡大南海トラフ巨大地震の被害想定を伝える2012年8月30日の朝日新聞1面
拡大新型インフルエンザの行動計画を報じた2005年11月12日の朝日新聞1面

見出しになかった「64万人」の死者

 新型インフルエンザの想定は、2005年に策定された行動計画の前提として、感染者が4人に1人で、死者数は17万~64万人、入院患者は53万~200万人、外来患者は1300万~2500万人と予測された。行動計画には、治療薬「タミフル」を2500万人分備蓄、海外旅行の自粛を勧告、大規模施設や興行施設など多くの人が集まる施設の活動自粛を勧告、学校や通所施設の臨時休業を要請、国民にマスク着用、うがいや手洗いを奨励することなどが盛り込まれた。

 このときの報道は、被害の想定よりも、行動計画の内容が中心だった。1面トップで報じた朝日新聞の見出しは「新型インフルエンザ対策 政府が行動計画」「治療薬 国家備蓄を強化」「大流行時 集会・出勤を制限」だった。読売も毎日も日経新聞も1面で報じたが、いずれも見出しには「64万人」という数字はなかった。行動計画は改訂が続けられ、2013年には新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、新しい感染症も含めた行動計画が策定されている。

多分野のリスクを相対化する英国

拡大縦軸は影響の大きさ、横軸は5年以内に遭遇する可能性、いずれも「5」が最大。一番上は「インフルエンザの大流行」を示すアイコン、その下の枠は「寒さと雪」、その左は「広域の停電」「沿岸部の洪水」「河川の洪水」、最下段には「地震」を示すアイコンがある(2017年版より)
 災害担当記者を続けながら、新型インフルエンザの想定が気になり始めたのは、2013年に政府の国土強靱化に関する懇談会の会合で紹介された英国のリスク評価を目にしてからだ。さまざまな分野のリスクを相対化した手法が新鮮だった。

 英内閣府は、国にとって発生したときの影響が大きい災害や事故について、影響の大きさと今後5年間に起きる恐れの大きさを、それぞれ5段階に区分けして表にしてまとめていた。2012年版では、影響度が5でもっとも大きく、5年以内に起きる恐れが2分の1から20分の1だったのが「インフルエンザの大流行」だった。影響度が4で20分の1から200分の1で起きる恐れがあるとされたのが、沿岸部の洪水と深刻な火山噴火だった。アイスランドの火山の大噴火は英国にも有毒ガスや天候不順などの恐れがある。2017年版でもインフルエンザの大流行は同じ位置づけ、影響度4には、寒波、大規模停電、沿岸や河川やの洪水があげられている。他にも、熱波、動物感染症、火山噴火、交通障害、大気汚染、森林火災、地震などの影響度が評価されている。

自然災害への備えに偏る日本

 英国本土にはない火山まで評価する徹底ぶりに、網羅的に洗い出した評価だと感じ、日本で当てはめたらどうなるか考えた。

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筆者

黒沢大陸

黒沢大陸(くろさわ・たいりく) 朝日新聞大阪本社編集局長補佐

証券系シンクタンクを経て、1991年に朝日新聞入社。社会部、科学部、名古屋報道センターで、災害や科学技術、選挙、JR、気象庁、内閣府などを担当。科学医療部やオピニオン編集部のデスク、編集委員(災害担当)、大阪本社科学医療部長などを経て、2020年から現職。著書に『「地震予知」の幻想』『コンビニ断ち 脱スマホ』、編著に「災害大国・迫る危機 日本列島ハザードマップ」、共著に「政治家よ 不信を超える道はある」など。

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