土谷尚嗣(つちや・なおつぐ) 豪モナシュ大学教授(神経科学)
2000年京都大学理学部卒。2005年カリフォルニア工科大学大学院「計算と神経システム」学科PhD取得。2007年学術振興会海外学振・SPD、2010年JSTさきがけを取得。2012年からオーストラリアのモナシュ大学心理科学学部准教授、2020年から教授。意識と物質のつながりを明らかにする研究を、実験・データ解析・理論を組み合わせて行っている。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
注目される「IIT」とはどんなものか
「意識とは何か」という問題は、有史以来、哲学的興味を引いてきた。私たちは誰もが主観的に「意識」を経験している。それは一体どこからくるのか? もちろん、答えは脳である。では、脳の中の一体何が意識を生み出しているのか、と一歩踏み込んだ質問をされてしまうと、驚くべきことに、最先端の科学をもってしても答えようがない。脳と意識、物質と主観は確かにつながっているのだが、どのようにつながっているのかは未だに明らかになっていないのだ。
しかし、それを明らかにする可能性のある理論として、いま「統合情報理論(Integrated Information Theory of Consciousness=IIT、アイアイティー)」が注目されている。この理論の一番の特徴は、理論構築を、私たちが知っているどんな意識にも当てはまるような特徴を同定するところから始め、そのような特徴を支えることができるようなシステムが満たすべき要件を数学的に導いていく、という体裁をとることである。いきなりこう言われてもピンと来ないかもしれない。簡単に言えば、「意識」を「情報」の観点から「数学的」に「定量化」しようとする試みである。
本稿では、意識の科学の歴史を簡単に振り返り、IITがなぜ注目されているのかの説明を試みたい。
いま「私たちが知っているどんな意識にも」と書いたが、「意識」という言葉は学術的には二つの意味がある。
一つは意識レベル、つまり「意識の量」を言う。日常的に「意識がある」とか「ない」とか言うときの「意識」である。1990年代から爆発的な進歩を遂げた「脳イメージング」技術によって、外からどんな検査をしても意識があるのかないのかが全くわからなかった脳障害の患者の中にも、本当に意識のない患者と最小意識状態と呼ばれる意識のある患者がいることがわかってきた。意識を喪失させる目的で使われる全身麻酔中にも意識があるケースがあることもわかってきている。
もう一つの意味は「意識の中身」「意識の質」のことである。コーヒーの匂い、目玉焼きの黄色さ、パンのサクサクとした感触。私たちが主観的に経験するこうした意識が、脳のどんな働きから生まれるのかは誰しもが知りたいことではないだろうか。
意識の科学は、
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