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コロナ対策、いま必要なのは「識者会議」か?

医・経連携で最適解を得る、そんな専門家集団がほしい

尾関章 科学ジャーナリスト

 政府の「新型コロナウイルス感染症対策分科会」が動き出した。腑に落ちないのは、「分科会」の名とは裏腹に各界各層の代表を集めた「識者会議」の色彩が強いことだ。メンバー18人の顔ぶれを見ると、感染症の専門家が多いのは確かだが、経済学者がいる。労働団体の幹部や自治体のトップがいる。新聞社の役員もいる。

拡大新型コロナウイルス感染症対策分科会であいさつする、西村康稔経済再生相(右)。中央は尾身茂分科会長、左は加藤勝信厚生労働相=7月16日、嶋田達也撮影
 そもそも、なぜ分科会なのか。内閣官房の公式ウェブサイトによると、政府は新型コロナウイルス感染症を「新型インフルエンザ等対策有識者会議」の「等」に位置づけ、この有識者会議のもとにコロナ禍対策に的を絞った分科会を設けたということのようだ。だから、「識者会議」になるのは当然なのだろう。

脳死臨調のようだが……

 これで私が思いだしたのは、30年前の1990年に政府が設置した「臨時脳死及び臓器移植調査会(脳死臨調)」だ。メンバーには医学の専門家だけではなく、各界を代表する人々が集った。哲学者がいた。作家がいた。財界人も労働界のリーダーもいた。あれはあれで良かった。なぜならば、そこで話し合われたのは「脳死は人の死か」「脳死の人を臓器移植の提供者としてよいか」という全人的な問いだったからだ。医療のあり方をめぐって世論が分かれる問題で合意点を探ることに主眼があった。

拡大脳死臨調は脳死を容認する多数意見とともに、反対する少数意見も添付して中間意見をまとめた=1991年5月30日、朝日新聞写真部撮影

 だが、コロナ禍の今、政府に求められていることは性格がまったく違う。日本国内の新型コロナウイルス新規感染者数は緊急事態宣言のもとで経済活動にブレーキがかかって、いったん減ったが、宣言の解除後に再び増加傾向をたどっている。分科会初会合の3日後、7月9日には東京都内の新規感染者数が宣言下の最高値を超えるという事態になった。医療崩壊を回避できるのか、今、日本社会は危機管理モードにあるのだ。求められているのは「合意」ではなく、機敏で具体的な政策提言である。

 朝日新聞などの報道によれば、この分科会も22日まで3回の会合で政府に対していくつかの提言をしている。ただ、どこか物足りない。それは感染症の制御と経済活動の維持という二つの目標をめざし、これらの折り合いのつけ方が求められているというのに、その解を得るための数理にもとづく考察が見えてこないからだ。

 今回のコロナ禍対策でこれまでにわかったのは、次のことだ。1)経済活動のブレーキは感染抑止に効果があった、2)ただし経済活動にこれ以上のブレーキをかけると、企業の存続を危うくして人々の生活を脅かしかねない、3)そうならば経済活動を保ちながら感染を抑え込む施策を見いだす必要がある――。3)の政策決定が今、政府にとって喫緊の課題と言えよう。

まず「医」、次いで「経」

拡大マスク不足の中で国が放出し、和歌山県庁に届いたマスク。感染症指定医療機関などに配布された=3月16日、山田知英撮影
 そのために必要な専門知は何か? 私なら、まず医学系の知見、次いで経済系の知見と答える。重要度に順番をつけているのではない。作業の手順として、そう思われるのだ。なぜならば、私たちが対峙しているのは新型病原体の蔓延という自然現象だからだ。

 医学系で知りたいことは山ほどある。【ウイルスについて】このウイルスは人体に入ってどんな挙動をするのか/感染経路として何が考えられるか/感染力はどれほどか/遺伝子レベルの変異はどうか【ヒトについて】感染後の経過はどうか/人体の免疫機能はどう対抗しているのか/潜伏期間はどのくらいか/無症状者はどれほどいるか/どんな人たちが高リスク群か……。

 それだけではない。【医療資源について】感染者数の予測は?/感染者の入院・隔離日数は?/検査機器、病床、宿泊施設、人工呼吸器、防護器材などの供給能力は?/医師、看護師らの要員確保は?/日常医療とのすみ分けは?【治療・予防について】治療薬の治験状況は?/ワクチン開発の展望は?……。

定説がなく、データも動く

 思いつくものを並べただけでも、ゆうに十指に余る。しかも、ウイルスの特徴や感染のしくみについては、世界中の研究者が新しい分析結果を次々に報告しており、定説がまだない。医療資源のデータも時々刻々変動している。これらの問いに対する答えは日々更新しなくてはならない。政府が最初に呼び集めるべきは、その作業を担ってくれる医学系の専門家集団だ。そこで集約される信頼度の高い見解こそが、政策決定のための基礎資料となるからだ。

 そのあとが、いよいよ本題だ。一人の感染者が次に何人を感染させるかという数値を1よりずっと小さくして感染禍を収束に向かわせるにはどうするか――。4月の緊急事態宣言発令時には「人と人との接触機会を7~8割減らそう」と呼びかけて、その達成をめざしたが、別の方策はないのか?

医・経連携で最適解を

 この解を見いだすのは、医学系の専門家集団に経済系の専門家集団が加わっての共同作業ということになろう。たとえば、医学系の専門家集団が再び、接触機会8割減が必要という計算結果をまとめたとしよう。今回は、そこで議論を終わらせず、接触削減と同等の効果をほかの方法で代替する道を医・経連携で探ってほしいのだ。その見通しが立てば、経済活動のブレーキを自信をもって緩めることができるだろう。

 「ほかの方法」で有望なのは、

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筆者

尾関章

尾関章(おぜき・あきら) 科学ジャーナリスト

1977年、朝日新聞社に入り、ヨーロッパ総局員、科学医療部長、論説副主幹などを務めた。2013年に退職、16年3月まで2年間、北海道大学客員教授。関心領域は基礎科学とその周辺。著書に『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)、『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)、共著に『量子の新時代』(朝日新書)。週1回の読書ブログ「めぐりあう書物たち」を開設中。

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