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福島第一原発の過ちを、新型コロナ対策で繰り返すな

「医療は逼迫していない」は誤り 政治は「とりあえずの安心」に逃げてはならない

山口芳裕 杏林大医学部教授、高度救命救急センター長

「東京の医療は逼迫していない」

 7月21日、安倍総理は自民党の役員会で、また菅官房長官も定例記者会見で、相次いでこう発言した。その日の東京都の新型コロナ新規感染者数は237人。3日ぶりに200人の大台を超えていた。テレビニュースから流れるこの発言を聞いた時、不思議な既視感に襲われた。

拡大新型コロナウイルス感染者の搬送を受け入れる医療現場(筆者提供)
 あれは、東日本大震災発生から10日目の2011年3月21日だった。当時の枝野官房長官が「ただちに人体、あるいは健康に影響はない」と発言するのをテレビニュースで聞いた。私は、東京消防庁ハイパーレスキュー隊の福島第一原発3号機への放水作業に帯同し、4日間の活動を終了したばかりだった。その日の午前2時40分に帰京し、隊員139人の健康チェックを終えた。死を覚悟して臨んだ任務を解かれた後の、鉛のような疲労感のなかでも、この発言には看過できない違和感を覚えた。

9年前に感じた政府首脳への違和感

 私が抱いた違和感とは何か。一つは、中・長期的な視座を持たずに“とりあえずの安心感”を発信しているに過ぎない発言であることだ。国の政策を担う責任者は、データの単なる観察者であってはならない。被ばく線量を示す「○○マイクロシーベルト」というその数値は、放射線が人体に効果を及ぼす10年後や20年後、あるいは次の世代までを見越して評価されねばならない。それが、責任ある立場にある者のデータの受け止め方というものだ。「ただちに影響はない」というコメントの出し方は、中・長期的な視点で国民の生命や健康を守る使命感のない無責任な発言と言わざるを得ない。

拡大2011年の福島第一原発事故で筆者は、特殊災害支援アドバイザーとして現地に随行した(筆者提供)

 もう一つは、「ただちに」の影響を回避するために現場で命を賭して戦っている人に対する、配慮と感謝の欠如である。枝野官房長官が会見したこの時点で、原発の敷地内では東京消防庁に続いて全国の政令指定市から派遣された部隊が放水作業を継続していた。東京電力などの多くの作業員も、高線量被ばく環境下で決死の作業をしていた。

 政府は国民に向けて、そうした危険回避の懸命の努力が現場で展開されているという事実をきちんと伝えるべきであって、“とりあえずの安心感”を与えることしか考えていないと受け止めざるを得ないような発言に、違和感を覚えたのである。

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筆者

山口芳裕

山口芳裕(やまぐち・よしひろ) 杏林大医学部教授、高度救命救急センター長

1986年、香川医科大学卒、医学博士。専門は外科侵襲学、集団災害、外傷学。総務省消防庁の医療アドバイザーとして2011年3月に福島へ派遣。日本救急医学会指導医、日本熱傷学会専門医。東京都災害医療コーディネーターを務める。

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