安倍首相の辞任会見とともに動き出した対策の根本的な見直し
2020年08月31日
8月28日の記者会見において安倍総理が突然辞任を表明し、大きな波紋が広がっている。その冒頭発言で総理が特に触れたのが新型コロナ対策の変更だった。
国は新型コロナを感染症法の「指定感染症」とし、危険性が2番目に高いグループである「2類相当」として扱ってきた。しかしリスク管理の観点から言うと、新型コロナはもともと5類に分類されている季節性インフルエンザ(以下インフルと略す)と同等の感染症であり、これを2類として扱ってきたことには二つの重大な誤りがあった。それは「リスクの大きさに対応したリスク管理を行う」というリスクの公平原則と、「リスク管理が生み出す別のリスクに十分配慮する」というリスク最適化の原則に反していた点である。
標準的な感染症予防策だけで新型コロナ問題を解決しつつあるスウェーデンにならって、新型コロナをインフルと同等のリスク管理にすること。これが、現在の混乱を解決する道である。
新型コロナのリスクの特徴は、1月からの中国武漢市での感染状況によって早期に分かっていた。これについて東京都医師会の感染症危機管理対策協議会は2月13日に次のようにまとめている(要旨)。
新型コロナウイルス感染症の感染力、重症度、診断、治療について
① 感染力はインフルエンザと同程度かそれより弱いと言われています
② 重症度は、通常のインフルエンザなどと同程度と予想されます
③ 簡易的な診断方法が現時点ではありません
④ 治療薬はありません
⑤ 感染しても多くの方は症状が出ないか、少し長めの呼吸器症状で完治すると予想されます
⑥ 肺炎になった患者さんへの治療法は、他の肺炎治療と大きくは変わりません
⑦ 予防方法も「標準的な感染症予防策」で十分と言われています
要するに東京都医師会は新型コロナとインフルが同程度のリスクであると評価し、だからそのリスク管理も同程度で構わないと考えていたのだ。
それから半年が経過した8月30日の時点で、このリスク評価を具体的な数字で検証してみる。日本ではインフルは冬季に集中し、感染者は年間に約1000万人、関連死を含む死者が約1万人発生している。一方、新型コロナは夏季にも発生し、その確定感染者は6万7000人弱、死者は1300人弱である(表1)。
この傾向がさらに半年間続くと、新型コロナの感染者数や死者は年間で2倍程度になると予測されるが、インフルよりずっと少ない。その他のすべての事項についても、東京都医師会の見解はいま見ても間違いはない。新型コロナは当初から5類相当にすべきであったということになる。
ところが国は2月1日に新型コロナをずっと重大な感染症と判断し、2類相当とした。このような本来のリスク評価とは違う管理がされた大きな理由は、ウイルスに感染する前に、誤った情報に「感染」したためと推測される。日本だけでなく世界もそうだった。
1月初めから武漢では、不確実なネット情報の氾濫によりパニックに陥った市民が病院に殺到して医療崩壊が起こり、その悲惨な様子がネットを通じて世界に発信されていた。メディアの常として、珍しい悲惨な話や不条理な話は大きく取り上げられ、視聴者はそれを明日にも自分に起こりうると誤解する。武漢での特殊な出来事から「新型コロナは恐怖の感染症である」という実態とかけ離れたイメージが作られた。
2月になると日本でも、横浜港に入港したクルーズ船内での集団感染の状況が詳細に報道された。韓国で感染が急拡大し、国内でも感染者が出始めた。北海道は休校措置を発表し、国も全国一斉休校を発表した。3月に入るとイタリアで感染爆発と医療崩壊が起き、13日には日本で特別措置法が制定された。専門家会議は医療崩壊を防止するためとして「3密防止」を呼びかけ、国民は「自粛」した。しかし感染者はさらに増加し、4月7日には特措法に基づく緊急事態宣言が発出されて大きな経済的被害が出た。
このような目まぐるしい動きの中で、「新型コロナはインフルと同等のリスク管理でいい」という正論は消えた。指定感染症の2類相当に指定したことで対策が決定し、議論の余地がなくなったのだ(図)。人々の意識も変化し、新型コロナはインフルよりずっと恐ろしい感染症という常識が出来上がった。さらに「感染することが悪」という価値観ができて、感染者を「ケガレ」として扱い、偏見と差別の対象にする風潮までが生まれた。まさに「情報感染」が起きたのだ。
そうはいっても「インフルの致死率は0.1%なのに、新型コロナの致死率は2%と20倍も高いから恐ろしい」という話もある。しかし「恐ろしさ」は、実際の死者数という数字で判断すべきである。恐ろしい感染症として知られているスペイン風邪の死亡者は39万人で、新型コロナの死者の300倍である(表1)
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