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ヒト受精卵のゲノム編集、問題を示唆する研究相次ぐ

染色体がまるごと「消失」することも

粥川準二 叡啓大学准教授(社会学)

 なお3件とも現時点では、論文の原稿(プレプリント)が「プレプリントサーバー」と呼ばれるプラットフォームで共有された状態であり、査読(同分野の専門家によるチェック)を通過していない。また、それら記事の記述がプレプリントの記述とは異なるように思われる部分もあるのだが、筆者には判断不可能であった。したがって以下の記述のなかには間違いもあるかもしれないこともご了承いただきたい。

3グループが「プレプリント」を公開

 第1のプレプリントはロンドンにあるフランシス・クリック研究所のキャシー・ニアカンらがまとめ、6月5日に公開されたものである。ニアカンらは、体外受精でつくられたのだが、妊娠・出産に使われなかった胚(余剰胚)を対象に、胚の発生や幹細胞の多能性に重要な役割を果たす「POU5F1(Oct4とも呼ばれる)」という遺伝子の一部をクリスパー・キャス9を使って除去した。ゲノム編集を行った胚18個のうち8個では、同遺伝子が位置する第6染色体で予想外の異常が見られ、そのうち4個では数千塩基対に及ぶDNAの「再配列」や削除などが見られた。

 第2のプレプリントはニューヨークにあるコロンビア大学のディエター・エグリらの研究で、6月18日に公開された。エグリらは、視覚障害者の男性に精子を提供してもらい、「EYS」という遺伝子に失明の原因となる変異があるその精子を、提供者の卵子と受精させて胚をつくり、さまざまなタイミングでクリスパー・キャス9のキットを注入した。EYSは、網膜色素変性症という眼の病気の発症に関与する遺伝子である。その結果、23個の肧のうち約半分で、EYS遺伝子が位置する第6染色体に大小の削除などが見られた。なかには、男性由来の同染色体が完全に消失していたものもあった。

 第3のプレプリントはポートランドにあるオレゴン健康科学大学のショウクラット・ミタリポフらが書いたもので、6月20日に掲載された。ミタリポフらは、肥大性心筋症という心臓疾患の原因となる「MYBPC3」という遺伝子に変異のある男性の精子を、提供者の卵子に受精させて胚をつくり、その変異を修正しようとした。86個の胚のうち半分近くでその修復に成功したが、その遺伝子がある第14染色体で大小の削除など何らかの異常が見られた。彼らは以前、変異の修正は、クリスパー・キャス9と一緒に注入した正常遺伝子ではなくて、卵子の正常遺伝子からのコピーによって生じると主張していた。今回その現象を「遺伝子変換(gene conversion)」と名づけ、ゲノムで観察された変化のうち約40パーセントはその遺伝子変換に起因する、と述べている。

拡大ショウクラット・ミタリポフらのプレプリントから
 これらの研究を行った3グループはすべて、ヒト胚を研究目的でのみ使用し、妊娠・出産には使わなかった。また彼らは、それぞれの研究結果が査読付きのジャーナル(学術雑誌)で論文として発表されるまで、メディアでのコメントを控えているようだ。

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筆者

粥川準二

粥川準二(かゆかわ・じゅんじ) 叡啓大学准教授(社会学)

1969年生まれ、愛知県出身。フリーランスのサイエンスライターや大学非常勤講師を経て、2019年4月より県立広島大学准教授、2021年4月より現職。著書『バイオ化する社会』『ゲノム編集と細胞政治の誕生』(ともに青土社)など。共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、山口剛ほか訳、早川書房)など。監修書『曝された生 チェルノブイリ後の生物学的市民』(アドリアナ・ペトリーナ著、森本麻衣子ほか訳、人文書院)。

 

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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