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遺伝性ヒトゲノム編集に、英米の学術団体が警告

粥川準二 県立広島大学准教授(社会学)

 前回に引き続き、遺伝性ゲノム編集について書く。今年9月3日、全米医学アカデミーなど英米の学術団体が10カ国の専門家たちを招集してつくった委員会が、「ゲノム編集を行なったヒト胚で妊娠・出産を試みることは、安全性や有効性が確認されるまで行うべきではないこと」など11項目の勧告から成る報告書を公表した。以下、その内容を紹介する。

拡大全米医学アカデミーなどが合同で公表した報告書
 2018年11月、中国の科学者・賀建奎(が・けんけい、フー・ジェンクイ)が突然、ゲノム編集を行った胚で双子の女の子を誕生させたことが発覚し、世界中から非難の声が巻き起こった。報告書は、この事件によって遺伝性ヒトゲノム編集の「社会的受容性」と、その安全な実施に必要な「科学的エビデンス(証拠)」の両方について、「幅広い国際的なコンセンサス(合意)」が欠落していることが明らかになった、と前書きで書く。この前書きに、「遺伝性ヒトゲノム編集を臨床利用するための責任ある経路を定義すること」がこの委員会の役割であると明記されていることや、「勧告1」の内容などからこの報告書の立場が見えてくる。

 勧告1を全訳する。

勧告1:ゲノム編集をされたヒト胚を用いて妊娠を確立する試みは、ヒト胚に望ましくない変化を起こすことなく、高効率で正確にゲノムを変化させることが可能であると明確に立証されない限り行われるべきではない。これらの基準はまだ満たされておらず、満たすためには、さらなる研究とレビューが必要である。(報告書2、7、93頁)

 筆者がこれまで述べてきた通り、ヒトの受精卵などにゲノム編集を行うと、オフターゲット効果やオンターゲット効果、染色体DNAの部分的削除、再配列、染色体そのものの消失、モザイクといった「望ましくない変化」がしばしば生じることがわかっている。これらの問題を克服するためには「さらなる研究とレビュー」が必要であるが、まだ克服されていないため、ゲノム編集を行ったヒト胚で妊娠・出産を試みることは認められない、ということだ。

「深刻な単一遺伝性疾患」に限定

 この報告書は、遺伝性ヒトゲノム編集の「最初の使用」をするには、それを行わなければ「深刻な単一遺伝性疾患」を回避できないこと、などの条件を満たす必要がある、と述べている(勧告4)。ここでは、対象となりうるケース(親たちの条件)を(A)から(E)まで六つのカテゴリーに分類している(9頁)。委員会はこのなかで、遺伝性ヒトゲノム編集の「最初の利用」は、(A)「すべての子どもたちに深刻な単一遺伝性疾患を遺伝するケース」と、(B)「一部の子どもたちに深刻な単一遺伝性疾患を遺伝するケース」の一部に限定されるだろう、と判断している(111頁)。

拡大受精卵のゲノムを編集して双子を誕生させたと発表した賀建奎氏=2018年11月、益満雄一郎撮影
 「単一遺伝性疾患」とは、一つの遺伝子が原因となって発症する疾患のことである。また、ここでいう「深刻な」とは「重度の病状や早期の死亡」をもたらすことであると定義されている。

 具体的には、貧血を起こす血液疾患「ベータサラセミア」や、やはり貧血を起こし、黒人に多いことでも知られる「鎌状赤血球症」、白人に多く、肺などに問題を起こす「嚢胞性線維症」、手足が意図とは関係なく動いてしまう「ハンチントン病」が例示されている。

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筆者

粥川準二

粥川準二(かゆかわ・じゅんじ) 県立広島大学准教授(社会学)

1969年生まれ、愛知県出身。フリーランスのサイエンスライターや大学非常勤講師を経て、2019年4月より現職。著書『バイオ化する社会』『ゲノム編集と細胞政治の誕生』(ともに青土社)など。共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、山口剛ほか訳、早川書房)など。監修書『曝された生 チェルノブイリ後の生物学的市民』(アドリアナ・ペトリーナ著、森本麻衣子ほか訳、人文書院)。

 

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