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私たちはどんな「遺伝子改変社会」を望むのか

遺伝性ヒトゲノム編集に、英米の学術団体が警告

粥川準二 叡啓大学准教授(社会学)

 ただし、(A)に該当するケースは「非常にまれ」であることが強調されている。というのは、子どもをつくりたい人が遺伝性疾患の原因遺伝子を持っていたとしても、ほとんどの場合、「着床前診断(PGT : preimplantation genetic testing)」が利用可能だからである(日本では「受精卵診断」と呼ばれることもある)。着床前診断とは、体外受精でつくった胚の細胞の染色体や遺伝子を検査して、問題がないとわかった胚だけを子宮に戻すことで、遺伝的なつながりのある子どもを得る方法である。

拡大図1 すべての子どもに深刻な単一遺伝性疾患が遺伝するケース(報告書42頁)
 理論上、すべての子どもに深刻な単一遺伝性疾患を遺伝するケースは、2パターンしかない。第一に、両親のどちらかだけが原因遺伝子を持っているだけで子どもが発症する疾患、すなわち「顕性(優性)遺伝」する疾患の原因遺伝子を、両親のどちらかが「ホモ接合(2本1組の染色体の両方にその遺伝子が存在すること)」で持っているケースである(図1左)。第二に、両親のどちらもが原因遺伝子を持っていると子どもが発症する疾患、すなわち「潜性(劣性)遺伝」する疾患の原因遺伝子を、両親のどちらもが「ホモ接合」で持っているケースである(図1右)。

必要とされるケースは「非常にまれ」

 たとえば、嚢胞性線維症は潜性遺伝する。したがって両親2人ともがその原因遺伝子をホモ接合で持っていると、発症する可能性のある子どもが100パーセントの確率で生まれてくる。しかし、そのようなカップルは全アメリカで1組か2組であろう、と推測されている(117頁)。

 また、ハンチントン病は顕性遺伝する。したがって両親のどちらかが「ヘテロ接合(どちらかの染色体にその遺伝子が存在すること)」でその原因遺伝子を持っていれば、発症する可能性のある子ども(ヘテロ接合で原因遺伝子を持つ子ども)が50パーセントの確率で生まれてくる(図2左)。もし両親2人ともがその原因遺伝子をヘテロ接合で持っていれば、理論上、発症する可能性のある子ども(ヘテロ接合またはホモ接合で原因遺伝子を持つ子ども)は75パーセントの確率で生まれてくることになる。しかし、そのようなカップルは、6700万組に1組ぐらいで、アメリカとヨーロッパを合わせても3組ぐらいしかいないだろう、と試算されている(同前)。

拡大図2 一部の子どもに深刻な単一遺伝性疾患が遺伝するケース(報告書41頁)
 つまり、着床前診断が役立たず、遺伝性ヒトゲノム編集がどうしても必要とされるケースは、非常にまれだということである。報告書は遺伝性ヒトゲノム編集を事実上禁止しているように見える。

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筆者

粥川準二

粥川準二(かゆかわ・じゅんじ) 叡啓大学准教授(社会学)

1969年生まれ、愛知県出身。フリーランスのサイエンスライターや大学非常勤講師を経て、2019年4月より県立広島大学准教授、2021年4月より現職。著書『バイオ化する社会』『ゲノム編集と細胞政治の誕生』(ともに青土社)など。共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、山口剛ほか訳、早川書房)など。監修書『曝された生 チェルノブイリ後の生物学的市民』(アドリアナ・ペトリーナ著、森本麻衣子ほか訳、人文書院)。

 

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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