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辺野古・新基地建設の海にジュゴンの鳴音か

脆くも崩れる国家戦略の地域イメージ いま求められる環境DNA調査

桜井国俊 沖縄大学名誉教授、沖縄環境ネットワーク世話人

 沖縄県・辺野古で進む新基地建設工事の周辺の海で、ジュゴンの鳴音ではないかと思われる音が何度も観測されている。沖縄防衛局が環境監視等委員会に報告したところによれば、「K-4地点」と呼ばれる工事地点で今年2月に3日間で計19回、3月に5日間(うち2日は工事時間帯)で計23回、そして4月には7日間(うち2日は工事時間帯)で計74回、5月は10日間に計70回、ジュゴンと思われる鳴音があった。

沖縄県・辺野古の新基地建設工事現場
 また、この地点の南側の「K-5地点」でも同様の音が6月21日に12回確認されている。鳴音が観察されたのは、ほとんどが工事をしていない日だったということもあり、「ともかく一度工事を中止して、行方が分からなくなっているジュゴン2頭を捜すべきだ」と沖縄県は主張している。ジュゴンの姿や食痕などは確認されておらず、一定の風向きの際に鳴音が確認されていることなどから、沖縄防衛局はジュゴン以外の生物や人工物による音の可能性も排除できないとしているが、工事を中止して解析を進めることが求められる。

行方不明が続く2頭のジュゴン

 辺野古に新基地の建設を計画した沖縄防衛局は、環境影響評価調査の一環として沖縄島周辺に暮らすジュゴンの調査を行い、3頭のジュゴンの棲息を確認していた。防衛局は個体A、B、Cと呼んでいたが、新基地建設に反対する市民は、彼らを「嘉陽のAおじさん」「古宇利のB子かあさん」そして「Cちゃん」と呼んだ。Aはもっぱら嘉陽沖に暮らすオスの個体、Bは古宇利島沖に暮らす母親ジュゴン、そしてCはBの子ども(性別不詳)である。

引き揚げられたジュゴン=2019年3月19日、沖縄県今帰仁村の運天漁港、伊東聖撮影
 しかしこの間、沖縄のジュゴンを取り巻く状況は激変し、個体Aは2018年9月を最後に行方が知れず、個体Bは2019年3月に今帰仁村の防波堤で死んでいるのが見つかった。エイのトゲが腹部に刺さったことが死因とされている。個体Cは2015年6月から行方不明となっている。

 行方不明の2頭のジュゴン、AとCはどこに行ったのか? ジュゴンかと思われる鳴音を何度も観察しているのに工事を強行する沖縄防衛局の姿勢にやり場のない怒りを覚えていた県民の目に飛び込んできたのが、「海中DNAで魚の種類特定」という見出しの9月26日の沖縄タイムスの記事である。沖縄美ら島財団などの研究チームが、少量の海水の中に溶けだしている「環境DNA」を分析し、魚種を特定する多種同時検出法を用いて本部町備瀬のイノー(サンゴ礁の浅瀬)を調査し、スズメダイなど計291種を検出したという。

 従来は、海や川に生息する魚の種類を調べるには、水中に潜って魚を観察したり、網などの漁具を使って魚をとったりと、大きな労力と費用をかけて長期間にわたって調査する必要があった。しかし2015年に同財団が千葉県立中央博物館などと共同開発したこの方法を用いれば、ある水域に生息する魚の多様性を、大きな労力や時間をかけずに長期間かつ広範囲にモニタリングできる。生物多様性の島である沖縄が先頭に立って、多様性の保全に資する技術革新を進めたことは意義深い。

なぜ環境DNA調査をしないのか

 海中の環境DNA調査がジュゴンについても有効であることは確認されている。IUCN(国際自然保護連合)の専門家グループが環境DNAを用いて南西諸島におけるジュゴンの存否確認を立案していることを踏まえ、沖縄県は今帰仁村運天漁港の防波堤に漂着したジュゴンの個体Bの死体を用いて環境DNA分析によるジュゴン分布調査の実現を目的とした予備調査をした。その結果、開発されたばかりの手法であるが沖縄に生息する個体にも問題なく適用できることが確認できたとし、個体数が極めて限られる沖縄のジュゴンの分布域推定につながる技術であると位置づけている。(沖縄県環境部自然保護課「平成31年度ジュゴン保護対策事業報告書・概要版」)

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