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今こそ「大学非常勤講師」の過酷な待遇の議論を

あまりに大きな賃金格差、声をあげにくい構造

三田地真実 星槎大学大学院教育学研究科教授、言語聴覚士

 正規職員と 非正規雇用職員の格差是正を訴えたいくつかの裁判の最高裁判決が相次いで出た。大阪医科薬科大学のアルバイトの秘書、東京メトロ子会社の契約社員、日本郵便の契約社員と原告はそれぞれで、職場状況や裁判で対象とした待遇の内容も様々であり、裁判所の判断も割れた。以前いくつかの大学などで非常勤講師として授業を担当していた私はひと事とは思えない気持ちでこれらの判決を見守っていた。

拡大最高裁判所に入る、日本郵便待遇格差訴訟の原告と弁護団=2020年10月15日、東京都千代田区、伊藤進之介撮影
拡大最高裁の判決を受け、「勝訴」を伝える日本郵便待遇格差訴訟の原告たち=2020年10月15日、東京都千代田区、伊藤進之介撮影

 おそらく、全国の非常勤講師の先生方も同じ気持ちであったのではないだろうか。大学で働く場合、「授業」という点では非常勤と常勤で求められる質や内容が異なる訳ではない。ところが、非常勤講師と常勤の給与の格差はあまりにも大きい。すでに2年ほど前にも52歳の非常勤講師がこのことを訴えているが、今回は、私自身の経験をもとにこの格差について再度描写し、なぜそれが未だに放置されているのかを自分の専門の行動分析学の視点から考察してみたい。

大学の非常勤講師の仕事と給与の実態

 私が非常勤講師をしていたときに実際に支払われた額は、最低は1コマ約10万円、最高で約20万円余であった。大方の大学がこの幅のどこかで金額を設定していると思われる。授業は1回90分、1学期は15回である(ただし、現在は100分×14回で授業を行なっている大学もある。その場合の合計時間数は先の例と大差ないので、この違いについてはこれ以上言及しない)。

 この合計時間数で給与を割れば時給がでてくるが、これは「見かけの時給」である。授業を行うためには、授業時間にただポンと教室に行けば良いというものではない。私自身の例を挙げれば、授業内容の準備はもちろんのこと、少なくとも授業開始1時間前には大学に到着しておき、そこから配布資料のコピー、パワーポイントなどの機材設定、その日の授業予定を黒板に書くなど、授業準備に時間を費やす。授業が終わった後は、学生全員の振り返りシートを読んでそれにコメントを書き込む。このコメント書きは必須とされているわけではないが、学生の学修行動にフィードバックすることは、行動分析学の原理からも重要なことだとわかっているので、手を抜くことはできない。40人くらいの受講生であっても、このコメント書きに1〜2時間はゆうにかかる。少なく見積もっても1回の授業に2-3時間、場合によってはそれ以上の時間を費やすことになる。これらの時間を考慮に入れて初めて「実質の時給」が出てくるわけである。

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 一度だけ、400人を超える学生が受講する大人数授業(通常は100人以上を「大人数授業」と呼ぶ)を担当し、さすがにそのときには毎回の振り返りシートへのコメントバックは諦めた。それでも学期に数回提出を求めていたレポートは添削しなければならない。レポートはめくってもめくっても積み上がった山がなくならないが如く膨大で、語義通り来る日も来る日もその山を崩す作業にいそしんだ。そして、大人数授業を担当したことによる特別手当が出ることを後から給与明細を見て知った。その金額は「5000円」。そもそも期待していなかった手当てとはいえ、正直「あれだけの作業で、この金額……」とため息が出た。

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 このような経験は、常勤・非常勤に限らず、授業において学生とのやりとりをなんとか担保しようとしている教員は多かれ少なかれしているだろう。しかし、悲しいかなこのように良い教育を行おうと教員が手間暇をかければかけるほど、自らの時給は下がっていくばかりなのである。そうなると、行動分析学の原理に基づけば、最も効率的に賃金を得るために「なるべく授業時間以外に時間をかけない」スタイルに向かうのは必然である。この方向性は、「意味ある教育の実現」とは真逆にもかかわらず、である。そして、それを教員に強いているのは

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筆者

三田地真実

三田地真実(みたち・まみ) 星槎大学大学院教育学研究科教授、言語聴覚士

教員、言語聴覚士として勤務後、渡米。米国オレゴン大学教育学部博士課程修了(Ph.D.)。専門は応用行動分析学・ファシリテーション論。2016年からオンライン会議システムを使ったワークショップや授業を精力的に行っている。著書に「保護者と先生のための応用行動分析入門ハンドブック」など。教育雑誌連載と連動した「教職いろはがるた」(https://youtu.be/_txncbvL8XE)の動画配信中!

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