高山善光(たかやま・ぜんこう) 日本の研究者出版代表、研究者
1987年、福島県郡山市生まれ。哲学・宗教学の分野で博士号を持つ。大学非常勤講師をしつつ、2019年に研究の力で社会を良くすることを目的とした日本の研究者出版を立ち上げる。IT関連の技術・サービスにも興味があり、データサイエンティストとしての顔を持つ。現在は仕事の合間に論文を書いている。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
交通費は500万円!? 一度も一緒に暮らしたことない!? 結婚式でも研究発表!?
そんな彼女の夫である本人の声も収録している。複数の大学で非常勤講師をしている、社会福祉研究者の北野良生さん(仮名)だ。この北野さんの現状をまとめてみると、今はこのような状態であるらしい。
大学非常勤講師の時給は、だいたい5000円~6000円。少し高めに聞こえるかもしれないけど、授業回数は1科目15回。これは半年で終わる分量なので、半年で18万円の収入になる。これを1年続けることができたとしても約36万円。
1科目の収入がなんと18万円。年間に13科目も授業をやっていて、それでようやく年収が234万円になるらしい。北野さんの妻は、夫が研究者であることをまわりに告げると「たくさんお金を稼いでいる」と勘違いされるそうだが……事情をうちあけると驚かれ、同情までされてしまうという(ただ、断りを入れておくと、こうした過酷な非常勤講師の仕事ですら厳しい競争の側面があるので、こんなに多くの授業数を持てること自体が、非常勤講師界ではスーパーエリートだといっても過言ではない)。
と、こんな生活をしていると、いろいろな悲喜劇が起きる。ある研究者の妻は、週末に「遊園地にいこう!」と夫を誘ったところ、「俺が遊園地にいくメリットは?」と、理屈っぽく返された。また別の研究者は、結婚指輪をめぐって一悶着があったそうだ。結婚指輪が欲しいと妻が言ったところ、「お金がかかるうえに雑菌がたまりやすい」「日本にはもともとない文化だ」などの理由を並べ立てられ、「この小さな金属の塊のために何十万円も払う必要を感じない」と反論してきたという。
いやはや、こんな家庭内の実情をばらして、ほかの研究者に風評被害がおよんだらまずい。なので、いい話も混ぜておこう。
結婚して8年間、まだ一緒に妻と暮らしたことのない夫婦がいる。国立遺伝学研究所の後藤寛貴さんだ。クワガタ虫の研究者で(最近はカブト虫の論文も出したようです)、小学校で講演などをすると目を輝かせた子どもたちに囲まれて大人気らしいが、恐ろしいほどの愛妻家である。インターネットを介したテレビ電話で、今でも妻に「かわいい」を連呼しつづけているらしい。
俗に「美男美女も三日まで」という言い方があるが、後藤さんは延々と、心からの「かわいい」の言葉をプレゼントしつづけている。毎日、心が込もった「かわいいよ♡」「イケメンだね♡」という言葉を聞いて老後まで暮らす人生は、さぞ幸せに満ちたものだろう。世の夫婦が真似したいところだ。
遠距離結婚ではあるものの、後藤さん夫妻の場合は月に1回ほどの逢瀬はかなうらしく、七夕の日にしか会えない織姫と彦星よりはましだ。だが、このためにかかる交通費などをもろもろ合わせると、すでに合計で500万円を超えているらしい。「その遠距離結婚をやめて同居をすれば高級車が買えますよ」と助言したいところだが、それにはまず研究者の就職事情がもつ問題が解消されるしかない。会社員の単身赴任なら、会社から交通費の手当てなどが出るケースもあるかもしれないが、そもそも雇用保険すらほぼもらえない若手研究者にとって、この自腹での出費はかなりつらいだろう。
先に登場した北野さんも、この後藤さんも、実は豊富な研究業績をもっている優秀な研究者である。ところが後藤さんの場合、これまでに2度、仕事を失っている。研究界が解決せずにきた制度的問題に巻き込まれた人生の悲劇と言っていい。
本書に登場している研究者のほとんどが、別居婚の危機を経験したり、実際に別居を続けたりしている。なかにはアメリカとタイで夫婦と子どもが別々に暮らし、親戚から「国際離散家族」と嘆かれている研究者もいる。なぜこんなことになるかと言えば、それは就職できるポストが圧倒的に少ないためだ。たとえば、自分の専門の研究員ポストが国内で年に3つ募集されていればマシだという分野に、何十人や何百人が応募して席をとりあうケースも少なくない。