「天然」の植物にとっての遺伝子組み換えと「ゲノム編集」 (4)
2020年11月10日
ノーベル賞受賞決定のインタビューでダウドナ博士も言われたように、CRISPR/Cas9によるゲノム編集は植物の品種改良のツールとしての普及が広く期待されている。ヒトを含め動物のゲノム編集より倫理的ハードルが低いこと、さらには、遺伝子組み換えによる遺伝子導入と異なり、ゲノム編集なら人類の文明の中で長い時間をかけて育まれてきた栽培作物と全く同じDNA配列を上書きすることができるなど、大きな利点があげられる。
これまで論座では、『「天然」の植物にとっての「遺伝子組み換え」と「ゲノム編集」』というサブタイトルをつけたシリーズ=(1)、(2)、(3)=として、最先端の研究から見えてきた作物の栽培化の謎について解説してきた。久々となる今回は、「CRISPR/Cas9によるゲノム編集を用いて野生の原種を一気に栽培化する」という大胆不敵なトマトの研究を紹介する。さらには、筆者が四半世紀前にモデル植物シロイヌナズナで世界で初めて報告した、植物の形作りを決める遺伝子が、今年に入って、屋内栽培に適した、ブドウの房のごとくたわわに実をつけるトマトの決め手となる遺伝子として再発見されたことも、あわせて紹介したい。
欧米やアジアの様々な国の食卓を彩るトマトも、トウモロコシやジャガイモと同じく、新大陸(中南米)原産だ。アンデス地方に育っていた原種がメキシコにて栽培化され、16世紀に欧州に渡ったとされる(Tanksley SD.The genetic, developmental and molecular bases of fruit size and shape variation in tomato. The Plant Cell 16: 181-189 (2004))。トマト(tomato)という名は、アンデス地方の古語tomatl(膨らんだ果実の意)に由来するそうだ。もっとも、トマトに限らず同じナス科のトマティーヨなどホウズキ属の果実もtomatlと呼ばれていたらしいが(Jenkins, J.A. The Origin of Cultivated Tomato (1948) Economic Botany 2: 379-392)。
野生カンランに対するキャベツやブロッコリー、テオシントとトウモロコシのように、トマトも「食べられる部分が大きい」「よく育つ」といった「栽培化症候群」を示す。先人によって栽培化されたのはSolanum lycospersicumというたった一つの種(しゅ)でしかなく、遺伝的多様性がほとんどないにもかかわらず、バラエティーに富む形の大きな実をつける。それに対して、10種ほどあるトマト野生種は、ゲノムDNA配列は多様であるにもかかわらず、どれもがそろって丸く極小な(1g程度の)実をつける(写真右)。
ゲノム配列の解析から、栽培トマトをトマトたらしめているのは、わずか6つの遺伝子の変異だと考えられている。6つとは、トマト植物の枝ぶりを決めるSPと呼ばれる遺伝子、トマトの実の形を決めるOVATEという遺伝子、トマトの実の大きさを決める2つの遺伝子(FASCIATEDとFRUIT WAIT2)、実の数を決める遺伝子、それとトマトの赤色のもとであるリコペンと呼ばれる栄養価に関わる遺伝子である。6つの遺伝子がトマト栽培化の鍵となったのだとしたら、(食用とは言い難い)野生種に同じ6つの遺伝子変異が起これば、野生種が栽培種になるのだろうか? これは8年前までは完全に夢物語だった。だが、CRISPR/Cas9というゲノム編集の新技術によって、不可能が可能となった。
2018年に発表された論文(Zsögön ら De novo domestication of wild tomato using genome editing. Nature Biotechnology 36:1211-1216 (2018))によると、
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