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タバコは接ぎ木の万能プレーヤーだった

驚きの発見の基礎研究を進め、大学発ベンチャーにも挑戦する日本の若手植物学者

鳥居啓子 テキサス大学オースティン校冠教授 名古屋大学客員教授

写真1:ワシントン州産のリンゴがゴロゴロ並ぶシアトルのスーパー。左から2番目が「フジ」、3番目が「ゴールデンデリシャス」、青リンゴ「グラニースミス」もたくさん=シアトルのフレッドマイヤーズ、Andreas Karch氏撮影
 頭がライオン、体が山羊、尻尾が蛇のギリシャ神話の怪獣キメラ。未知の寄生生物がヒトの頭にすげ変わる漫画「寄生獣」。異なる種の胴体部分をつないだ動物は、神話やSFの世界での話だ。だが、異なる種の植物をつなぎ合わせることは、現実の世界でごく普通に行われている。

 実は今、小粒のりんごをかじりながらこの原稿を書いている。筆者が長年住んでいたシアトルのある米国北西海岸ワシントン州は全米最大のりんごの産地 。地元のスーパーには、赤や黄色や緑色の様々なりんごが並ぶ (写真1)。日本のよりずっと小ぶりな「フジ」。黄色い「ゴールデンデリシャス 」。酸っぱい青りんご「グラニースミス」など。丸ごとかじるのがアメリカ式。

りんごの種をまいても元のおいしい果実はならない

 子供の頃、りんごの種子をとってまいてみたことがある読者はいるだろうか。実は、りんごの種子をまいて育てても、元のおいしいりんごは実らない。りんごの品種は不安定で、甘さ、蜜、香り、色艶など、優れた形質をもつ果実を生産・供給するためには接ぎ木が必要不可欠だ。接ぎ木とは、台木となる樹木に、優良品種の枝(穂木)をつなぐこと。根が付いている方が台木、果物をつける方が穂木である。接ぎ木によっておいしいりんごを増やすことができ、さらに、土壌の病原菌や乾燥などに耐性のある台木を使えば、劣悪な環境でも果実が収穫できるのだ(写真2)。

写真2:リンゴの木の接ぎ木。切断面が融合し、新しい葉と花がついている=shutterstock.com

 りんごに限らず、スイカやメロンなど多くの果物は接ぎ木によって栽培される。欧州のワインブドウにいたっては、19世紀、アメリカからの外来侵略種(害虫)であるブドウネアブラムシによって壊滅の危機に瀕した。この絶体絶命の危機は、害虫に耐性のある台木と、害虫に耐性のない繊細なワインブドウとを接ぎ木することによって回避されている。

 接ぎ木を行うと、切断面の細胞が増殖し、2つの植物の茎が融合し植物の血管ともいうべき導管と師管が異種間でつながる。導管は根から土壌の水分やミネラル栄養素を地上部の葉や花に運び、一方、師管は地上部の葉などから光合成によってつくられた糖分を根に運ぶ。だが、最近の研究から、運ばれるのは水や栄養分だけでなく、様々なホルモンや遺伝情報(RNAなど)も含まれることがわかっている。緩やかに異種の体が混ざり合って協調し合っているとも言える。

写真3:温室でタバコにトマトを接ぎ木している野田口理孝博士=同博士提供

 長い育種の歴史の中、接ぎ木は多用されており、穂木と台木の組み合わせの知見は多い。だが、そもそも、接ぎ木はどうして癒着するのか、どうして接ぎ木ができる組み合わせが限られているのか、その分子細胞学的な仕組みはよくわかっていなかった。そんな接ぎ木の謎にユニークな着眼点で挑む日本の若手研究者がいる。名古屋大学生物機能開発利用研究センターの野田口理孝(のたぐち・みちたか)准教授である(写真3)。野田口博士は、植物の基礎研究を進めるだけでなく、大学発のベンチャー企業をも立ち上げている。日本の基礎研究の一つの道筋を示すその研究成果を今回紹介したい。

接ぎ木の万能プレーヤー発見という衝撃

 今年の夏にサイエンス誌に野田口博士らが発表した論文(Notagushiら2020. Cell-cell adhesion in plant grafting is facilitated by β-1,4-glucanases. Science 369: 698-702)は、なかなか衝撃的だ。なんと、

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