下條信輔(しもじょう・しんすけ) 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授
カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授。認知神経科学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
実体のない筋書きへの熱狂は、「トランプ後」の時代に何を残すのか
大統領選の「空騒ぎ(Much Ado About Nothing)」。毎度感じることだが、今回はとりわけ異常だった。前代未聞の対立があり、接戦があり、熱狂があった。今それがゆっくりと冷めつつある。投票日から1週間を経た現在、当確を受けてバイデンは勝利を宣言、国民の融和・民主主義の再生を訴え、矢継ぎ早にシグナルを発している。
他方、トランプ側は、慣習となっている「敗北受諾」を拒否。接戦となった各州で「不正があった」などと訴訟を起こしたが相次ぎ却下され、不利な状況にある(ワシントンポスト、11月8日)。この一連の訴訟で奇妙なのは、伝聞や出所不明の走り書きのメモ以外に、証拠がほとんど提出されていないことだ。
共和党内部からも「民主主義の制度を破壊するよりは、敗北の受諾を」という動きが出ている。今後よほど大きな「新事実」の開示がない限り、この流れは変わらないだろう。
当初、トランプ支持者は4年前の再現に望みを託した。つまり世論の劣勢を覆す逆転勝利だ。他方、バイデン支持者は地滑り的な大勝、できれば上下院を含めた完全勝利を期待してドラマは始まった。開票の経過を見ると、開始早々に民主党の大勝シナリオは消え、想定外の接戦に。フロリダなど接戦する州をトランプが連取したときには「トランプ有利」の報道さえ出た。だが結局、開票結果が確定すればバイデンが手堅い判定勝ち、という結末となった。
ただ水を差すようだが、この筋書きには実は実体がない。なぜなら投票結果なんて、投票終了の時点で、客観的にはすでに確定していたはずだから。(誰も言わないが)開票はいわば、伏せたカードを時間をかけて順繰りにめくっているだけだ。その順番は各州の開票作業や郵便投票などの諸事情で「たまたま」決まっている。
仮に順番を変えれば、途中の筋書きなどはどうにでも変えられる(そして最終結果だけが、あらゆる意味でリアルであり変えられない)。そういうほぼ架空のドラマを何十時間もぶっ通しで中継し、時々刻々と分析して一喜一憂するなんて、愚の骨頂ではないのか。だが熱狂する米国市民には、そういう疑念のかけらもないらしい。