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米大統領選 ——「ドラマ」の虚実

実体のない筋書きへの熱狂は、「トランプ後」の時代に何を残すのか

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 大統領選の「空騒ぎ(Much Ado About Nothing)」。毎度感じることだが、今回はとりわけ異常だった。前代未聞の対立があり、接戦があり、熱狂があった。今それがゆっくりと冷めつつある。投票日から1週間を経た現在、当確を受けてバイデンは勝利を宣言、国民の融和・民主主義の再生を訴え、矢継ぎ早にシグナルを発している。

バイデン氏勝利を祝う集会に対抗して声を上げるトランプ支持者たち=2020年11月7日、ペンシルベニア州ハリスバーグ、大島隆撮影
 他方、トランプ側は、慣習となっている「敗北受諾」を拒否。接戦となった各州で「不正があった」などと訴訟を起こしたが相次ぎ却下され、不利な状況にある(ワシントンポスト、11月8日)。この一連の訴訟で奇妙なのは、伝聞や出所不明の走り書きのメモ以外に、証拠がほとんど提出されていないことだ。

 共和党内部からも「民主主義の制度を破壊するよりは、敗北の受諾を」という動きが出ている。今後よほど大きな「新事実」の開示がない限り、この流れは変わらないだろう。

 当初、トランプ支持者は4年前の再現に望みを託した。つまり世論の劣勢を覆す逆転勝利だ。他方、バイデン支持者は地滑り的な大勝、できれば上下院を含めた完全勝利を期待してドラマは始まった。開票の経過を見ると、開始早々に民主党の大勝シナリオは消え、想定外の接戦に。フロリダなど接戦する州をトランプが連取したときには「トランプ有利」の報道さえ出た。だが結局、開票結果が確定すればバイデンが手堅い判定勝ち、という結末となった。

筋書きは「たまたま」でしかない

 ただ水を差すようだが、この筋書きには実は実体がない。なぜなら投票結果なんて、投票終了の時点で、客観的にはすでに確定していたはずだから。(誰も言わないが)開票はいわば、伏せたカードを時間をかけて順繰りにめくっているだけだ。その順番は各州の開票作業や郵便投票などの諸事情で「たまたま」決まっている。

 仮に順番を変えれば、途中の筋書きなどはどうにでも変えられる(そして最終結果だけが、あらゆる意味でリアルであり変えられない)。そういうほぼ架空のドラマを何十時間もぶっ通しで中継し、時々刻々と分析して一喜一憂するなんて、愚の骨頂ではないのか。だが熱狂する米国市民には、そういう疑念のかけらもないらしい。

 皮肉な話だが、こうしたドラマと熱狂は、未だに人の手でやっている選挙テクノロジーの未熟のせいだ。遅いし、確認に手間がかかる。州ごとの進度に違いが出る。全米で職場や学校がなかばストップするほどの人気長編ドラマが、そのおかげで成り立っている。

ホワイトハウス周辺でバイデン氏の勝利を祝う人たち=2020年11月8日、ワシントン、ランハム裕子撮影

 「たぶん技術が進化する10〜15年後には、投票が終了した直後のナノ秒で正確な結果を出せる。そうなったらこんな空騒ぎは成り立たない」。高1の息子にそう話しかけたら、「それじゃ面白くない」と一蹴された。研究室の若手メンバーからも、「Shin、エンタテインメントに難癖つけるな、プロ野球みたいなものだ」とあっさり切り捨てられた。

 ならば「お祭り」と割り切って楽しもうとするが、それすらも困難なのは、何が事実であり何が虚偽の情報なのか、ますます掴みにくいからだ。トランプ支持者は、バイデンの息子のウクライナ・スキャンダルや大規模な選挙不正を、文字通りの「事実」としてそのリアリティー(物語)を共有する。バイデン支持者も、立場は逆だが似たり寄ったりだ。まるでふたつの人種が異なる言語を話し、異なるヴァーチャル空間に棲息している感さえある。

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