両国世論の心理を理解すれば、着地点は見つかる
2020年11月30日
日韓関係が揺れている。元徴用工への賠償問題で緊迫する中、韓国の国家情報院長や韓日議連会長らが相次いで訪日し、菅義偉首相をはじめ要人と面談した。国家安保室長の訪日も噂されている。文在寅政権としては、突然の歩み寄りだ。賠償金とその補填をめぐる案や、東京五輪を機に融和の機運を高めようという動きなど、いろいろな変化が出た。だが、賠償判決を履行させて関係修復を急ぎたい韓国と、「国際法に照らして解決済み」と突っぱねる日本の間に温度差が大きく、実質は前進していない(時事、11月23日)。
まず何より韓国世論は、「精神勝利」を望んでいることに着目してみたい。事実、金銭については後で補填するとまで提案してきた(朝日新聞、10月31日)。選択的不買運動も、この精神勝利のためだった。「文大統領が菅首相より先にバイデン候補に電話した」「その電話が菅首相より何分長かった」などと大々的に報じる韓国メディアのことだ。この精神勝利という視点はヒントになる。日本側(政府・企業)にとっても、金銭は問題ではなく原則の問題なので、両者ガチンコのままでは交渉にならない。
確かに韓国のやり方や態度には疑問が多い。苦しい体験をした元徴用工たち個人の請求権が消えていないのはその通りだろうが、日本政府および日本企業が払うべき賠償は既に韓国政府が受け取っている。賠償の請求先はなぜ日本になるのか。韓国は日韓請求権協定で決めた仲裁委員会の設置にも応じてないし、2015年の慰安婦問題合意も反古にしている。
そんな経緯のなかで、どんな前進の方法があるのか。筆者が考える秘策を提示しよう。次のメッセージを順繰りに発する。
①まず「韓国側のおっしゃる通り、合意のためには歴史認識が重要」と、首相が明言しよう。
②次に、たとえば小渕恵三・金大中の1998年の日韓共同宣言における小渕発言を挙げて、「歴史として確認する」と述べる。(一言も足す必要はない、下記の小渕発言を読み上げて、引用するだけでいい。)
小渕総理大臣は、今世紀の日韓両国関係を回顧し、我が国が過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べた。
金大中大統領は、かかる小渕総理大臣の歴史認識の表明を真摯に受けとめ、これを評価すると同時に、両国が過去の不幸な歴史を乗り越えて和解と善隣友好協力に基づいた未来志向的な関係を発展させるためにお互いに努力することが時代の要請である旨表明した。(日韓共同宣言から)
③続けて「わが国はこの歴史事実を重く受け止め、一度なりともそれを軽視したり歪めたりしない決意である」と表明する。(一応注意するが、これは日本国民の総意・本音という趣旨でなくてはならない。)
この精神勝利を韓国が得ることによって、韓国世論に何が醸成されるだろうか。「合意の経緯も含めて、歴史的事実を双方が重んじよう。その上で話そう」という日本からのメッセージを、はじめて韓国世論が耳をふさがず素直に聞くことになる。少なくとも「日本は反省していない」「復讐の念だけ」といった批判は下火になる。米大統領選のバイデン候補の勝利で焦っている文政権には、歩み寄りのきっかけと(国内向けの)口実を与える。反日「民主派」の中でも、「そろそろ和解しないと」と考えている現実派が飛びつき、「なんでも反日」という姿勢からは離反するだろう。
またようやく政権の反日姿勢を批判しはじめた野党・親日派にも、勢いがつく。どの程度の動きになるかは上記の首相発言のインパクトにもよるが、韓国与党が藁にもすがりたい現況下では、この効果はおそらく小さくない。米国および西側世論も「日本の良識」と歓迎し、韓国側の対応を厳しく監視することになる。
これに対し、日本人の少なくない数が、こう感じるかもしれない。「大甘だ」「相手の言うなりに精神勝利を与えるのか」と。だがその心理もあえて分析するなら、韓国側のいう通り「報復の心理」という以外にはない。侵略の罪の意識を根にした、優位な側の不安またはコンプレックスだ。実際、日本が歴史事実を丸ごと確認することには、何重ものメリットがある。たとえば①慰安婦・徴用工問題が国際法に鑑みて解決済みであることを韓国世論にも思い出させる②相手がもっとも欲しいものを与える③日本側は現実的な譲歩なく今後の交渉をリードできる、など。
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