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80年前に説かれた「精神の自由を重んじる」大切さ

基礎研究の最高峰・プリンストン高等研究所長のことば

初田哲男 理化学研究所数理創造プログラム ディレクター(理論物理学)

有用性という言葉を捨てて、人間の精神を開放せよ

 これは、プリンストン高等研究所(1930年設立)の創設者であったアブラハム・フレクスナーによる1939年のエッセイにあらわれる言葉である。高等研はアインシュタインやフォン・ノイマンら著名な科学者が在籍したことで知られ、今も最高レベルの研究者たちが教授に就いている。このエッセイ『The Usefulness of Useless Knowledge』(役に立たない知識の有用性)と現所長ロベルト・ダイクラーフ教授のエッセイ『The World of Tomorrow』(明日の世界)を収めた100ページにも満たない書籍がプリンストン大学出版局から2017年に出版された。

 理化学研究所数理創造プログラム(2016年に設置された数理科学の新しい国際拠点)に所属する多田司博士と私はこの原著に感銘を受け、日本語で広く読んでもらいたいと、翻訳家の野中香方子氏と西村美佐子氏、サイエンスライターの荒舩良孝氏の協力を得て今年7月に『「役に立たない」科学が役に立つ』(東大出版会)を刊行した。

プリンストン大学出版局から2017年に出た原著(左)と東大出版会から2020年に出た翻訳書

 この本にあるように、歴史を振り返れば役に立たないと思われた知識が時間を経ておおいに役立った例は枚挙にいとまがない。だから、「役に立つか」「立たないか」を近視眼的に判断して研究を評価するのは意味のないことなのである。そのことを多くの方に理解していただき、できることなら基礎研究の応援団に加わっていただきたいというのが翻訳に関わった私の切なる願いである。

フレクスナーの理念の正しさを証明した高等研の歴史

アブラハム・フレクスナー(1866ー1959)=Institute for Advanced Study
 アブラハム・フレクスナーは日本ではあまり知られていないかもしれない。野口英世の上司でロックフェラー医学研究所の初代所長だったサイモン・フレクスナーの弟で、米国の教育システム改革に大きな足跡を残した教育家である。1866年に生まれ、1930年から39年までプリンストン高等研究所の所長を務めた。

 彼はエッセイで、豊富な実例を挙げながら「科学の歴史を通して、後に人類にとって有益だと判明する真に重大な発見のほとんどは、有用性を追う人々でなく、単に好奇心を満たそうとした人々によってなされた」ことを指摘する。また、科学研究の進み方を「科学はミシシッピー川のように、遠い森の中の小さな流れから始まる。次第に他の流れが加わって、水嵩(かさ)が増していく。そして無数の源流が集まり、やがて堤防を決壊させるほどの力強い川が形成される」とたとえた上で、源流を生み出す理念として「精神の自由を重んじることは、科学分野であれ、人文学分野であれ、独創性よりはるかに重要である。それは人間どうしのあらゆる相違を受け入れることを意味するからだ」と力説する。

プリンストン高等研究所=EQRoy撮影、shutterstock.com

 プリンストン高等研究所が、創立以来つねに世界の基礎研究の最先端を牽引してきたことは、この理念が正しかったことを物語っている。

 その一方で、基礎研究を取り巻く社会状況は、

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