ノーベル物理学賞を受けたペンローズの「凄い」数学
2020年12月11日
ご存知の通り、彼のノーベル賞受賞の対象になった研究は、ブラックホールに関する宇宙物理学の壮大な理論研究に対してだが、その業績だけでペンローズという研究者を語ることは到底できない。ペンローズは、数学と物理の世界(数物界)において、同じ時代にあまたいる世界中の優秀な研究者たちの中でも一頭ぬきんでた天才である。と同時に、広く多くの人々にも親しまれ、何かと話題にのぼる科学界のスーパースターなのだ。
私見だが、数物界におけるペンローズを画家の世界で例えると、ピカソや北斎だと思う。ゴッホ、ルノワール、ドガ、ゴーギャン、シャガール、マチス……。絵画の技術を高度なレベルまで磨き、かつ作者独自の画風を究めた一流の人気画家はたくさんいる。その中でも、ピカソや北斎は際立っていると思う。彼らは、自身が確立した画風の中に留まることなく、新しいもの、自分が面白いと思うもの、強く魅かれるものに果敢に挑み続けた。そして、その卓越したセンスでもって皆が全く予期していなかったものを提示し、多くの人々を驚かせ、人々を深淵なる未知の領域の入り口に立たせてくれる創造性に富んだアーティストであった。
本稿では、芸術家やパズル愛好家にも親しまれているペンローズが生み出した有名な不可能図形やペンローズタイルを取り上げて、彼の創造性の片鱗に触れてみよう。また、「それが何の役に立つの?」という問いに対して返答に窮する数学のアイディアが世の中でどんな風に役に立っていくことがあるのかについても少し言及しよう。
ペンローズは、ケンブリッジ大学へ進学が決まった際に、数学が好きで得意だったので、数学を学びたいという気持ちがある一方、人間の脳の働きについても将来研究してみたいという願望があったそうだ。そこで、数学と医学ないし生物学を専攻したいと教官に打ち明けたところ、「それでは守備範囲が広くなり過ぎて、虻蜂(あぶはち)取らずになる」と言われ、結局、数学と物理を専攻することにした。
そのことを生物学(遺伝学)の研究者だった父親ライオネスに打ち明けたときのエピソードが面白い。父はがっくり肩を落として「数学というのは数学しかできない変人のやるものだ!(数学そのものではなく)数学を使って何かをやることを考えるべきだ!」と言って最初は反対したそうだ。
父親は科学者であり、かつニュートンやハーディ、ラッセル、チューリングといった著名な数学者を生んでいる英国の人でありながら、数学者なんてものはフェルマーの定理とかポアンカレ予想といった難解で何の役にも立ちそうにない未解決問題に挑んでいる変人だというのだ。数学研究がいかに世間で負のイメージを持たれているのかと苦笑せざるを得ない。
この父の言葉は大きな影響力があったのだろうか。ペンローズの研究スタイルは、
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