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続・コロナの革命的ワクチンを導いた女性移民研究者

「自分に何ができるのかだけを考え、それにエネルギーを注ぐのです」

船引宏則 ロックフェラー大学教授(細胞生物学)

 前回は、ワクチンが働く仕組みと、その開発の難しさを中心に解説した。今回は、新型コロナワクチンがなぜこれほど超短期間で開発できたのか、その「奇跡」に欠かせなかった数々のブレークスルーを起こしたカリコ博士の物語を紹介する。

ハンガリーに生まれ育ち、米国で博士研究員に

拡大ケイト・カリコ博士=Béla Francia撮影
 ケイト・カリコ博士は、1955年にハンガリーで生まれ、ハンガリー南部にあるセゲド大学大学院で博士号を1982年に取得した。指導教官のヤヌー・トーマス(Jeno Tomasz)博士のもとで、非通常型のRNAを合成し、抗ウイルス効果に関連する研究をしていた(ちなみにこのトーマス博士は、筆者が所属するロックフェラー大学のアレキサンダー・トーマス名誉教授の弟さんということだ。世界は狭い!)。カリコ博士は1985年にポスドク(博士研究員)として渡米し、1989年からエリオット・バーナサン(Elliot Barnathan)教授の助手(Research Assistant Professor)としてペンシルべニア大学に着任した。

 当時は、DNA合成装置や自動PCRマシーンが世界中の研究室に導入され始め、遺伝子治療への期待が広がり始めたところだった。特定の遺伝子機能が欠損した患者の細胞に、正常な遺伝子をもつDNAを導入すれば病気を治すことができるのではないか? しかし、カリコ博士はその手法に問題点を感じていた。カリコ博士は言う。「DNAは長期間生体内に残ってしまいます。治療が終わった後、必要がなくなれば除去できるほうが望ましいでしょう。mRNAは短期間で分解されるので、mRNAを導入して一時的に必要なたんぱく質を作らせるのがより良い方法だと思ったのです」

 1990年には、このアイデアをもとにした研究費申請書をNIH(国立保健研究所)に申請したが、承認されることはなかった。

偶然の出会いから始まったmRNAワクチン開発

 1997年、偶然の出会いがカリコ博士の研究をmRNAワクチン開発へと導くこととなった。脳神経外科のスタートアップファンドを得て、たった一人の研究室を立ち上げたカリコ博士が廊下でコピー機を使っていると、隣の建物からそのコピー機を使いに来た新顔の男性と立ち話することになった。彼はドリュー・ワイスマン(Drew Weissman)と名乗り、(今年アメリカの新型コロナウイルス対策の「顔」として一躍有名になった)アンソニー・ファウチ博士の下でエイズウイルス(HIV)の研究をしたあと、ペンシルベニア大学に着任したばかりだという。HIVワクチン開発に意欲を持っていたワイスマン教授が「DNAワクチンではどうもうまく行かないのですよね」と話すので、「RNAでやってみませんか?」と返答した。こうして2人はたちまち意気投合し、mRNAワクチン開発の共同研究が始まった。

拡大RNAとDNA。青いリボン状が「リン酸」で、右側の説明の一番下にある。それ以外の説明は「塩基」で、上からアデニン、チミン、ウラシル、グアニン、シトシン=shutterstock.com

  しかし、外部から導入された「異物としてのmRNA」は不安定ですぐ壊れてしまい、目的のたんぱく質は思ったように合成できなかった。さらに、異物を認識する自然免疫系に捉えられ、炎症反応が誘導されてしまう(ワクチンによる抗体産生誘導にはアジュバント効果という炎症反応を起こすことも重要なのであるが、適正にコントロールしなければワクチンとしてもうまくいかないらしい)。

 不思議なことに、細胞内に元々ある自分自身のmRNAはたんぱく質合成をするのに十分に安定であるし、炎症反応も引き起こさない。何故か? ここでカリコ博士は、細胞内のRNAは様々な化学修飾を受けていることに注目した。教授職ではなかったことが影響して研究費を獲得できなかったカリコ博士だったが、ワイスマン教授が共同研究用に獲得した研究費を使って、2005年、人工的に作ったmRNAに化学修飾を施しておくと、mRNAを細胞内に導入しても炎症反応が低く抑えられることを発見した


筆者

船引宏則

船引宏則(ふなびき・ひろのり) ロックフェラー大学教授(細胞生物学)

1967年、京都市生まれ。1990年京都大学理学部卒業。1995年京都大学大学院理学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、カリフォルニア大学サンフランシスコ校博士研究員、ハーバード大学博士研究員を経て、2002年ロックフェラー大学助教授、2007年同准教授、2014年より現職。サールスカラー賞、シンシャイマースカラー賞などを受賞。専門は染色体・細胞生物学。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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