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「魅力的な人を見ると瞳孔が開く」は本当か?

科学的常識が覆されるかも

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 眼はこころの窓、と言われる。これには両方向の意味があり、眼を見ることでこころの中が覗ける、と同時に感情や意思を表示し、相手の行動に影響を及ぼす。動物界でも蝶の羽根や、孔雀のオスの目玉模様ディスプレーはよく知られている。カラスは案山子(かかし)にはすぐ慣れてしまうが、目玉模様が風でチラチラするといつまでも逃げるという。人も誰かに見られているだけで(それどころか、目玉を描いたポスターなどがあるだけで)行動が変わる。ヒトのアイコンタクトは、生後5日で早くも生じる。逆に無意識の目そらしは嘘のサインだ。また視線方向やまばたき、瞳孔の大きさはいずれも、相手との交流によって同期する、等々(『モアイの白目』小林洋美、東京大学出版会、2019)。

魅力的な顔を見ると散瞳する。また散瞳している顔はより魅力的に見える
 魅力と散瞳(瞳孔が開く反応)の関係も、よく知られている。魅力的な人(顔)を見ると散瞳する (ヘスとポルト、Science誌, 1960) 。また散瞳している顔は魅力的に見える。ここでも両方向の、非言語的なコミュニケーションに寄与する。かつては貴婦人や女優が目薬で散瞳させたという話を聞いたことがあるだろう。ベラドンナという薬草は、そういう散瞳剤の成分として昔から使われてきた。含有成分のアトロピンは副交感神経遮断薬としても知られる。

 さて、このように魅力と散瞳の関係は常識化しているが、実は疑問の余地がある。筆者らも長らく視線と魅力の関係などを研究してきたが、最近また瞳孔と魅力に関する成果を公表し学界の常識も変化しているので、まとめて紹介したい。また今回の論文公刊までの経緯で、科学論文の査読プロセスについて考えさせられる点があったので、併せて記すことにしたい。

魅力的な顔に、瞳孔は開く、それとも縮む?

 私たちの最新論文では、まずこれまでの常識に反し、魅力的な顔に対して瞳孔は縮むことを示した (リャオら, J.Cog.Neurosci., 2020;図)。もともと瞳孔は(カメラの絞りと同じで)基本的には光量調節のためにある。そのため輝度(明るさ)のわずかのちがいのせいでないことを示すため、多くの統制実験を要した。

顔の魅力評価と瞳孔の大きさ変化  左)顔提示からの時間に伴う、瞳孔の直径の変化。赤:顔が最も魅力的と評価された場合、紫:最も魅力的でないと評価された場合。右)顔提示から0.5〜15秒後の間の瞳孔の直径を魅力度ごとにプロット。色は魅力度に対応、長方形のボックスと縦線はばらつきを示す。右下がりの傾向、つまり魅力が高いほど瞳孔が縮む傾向が見て取れる。(Liao, Kashino, & Shimojo, J.Cog.Neurosci. 2020より改変)
 たとえば、a) 輝度による魅力度の上昇を統計学的に差し引いても、依然として「魅力的な顔ほど瞳孔は縮む」という相関関係が見出せた。b) 画像全体の輝度を厳密に等しくしても、またc) 視線の動きを計測し、見ている部位の局所的な輝度を考慮に入れても、依然として魅力によって縮瞳した。

瞳孔反応の潜在的な操作  顔の提示前(左側)と提示時(右側)の背景輝度で、瞳孔反応を操作できる。(Liao, Kashino, & Shimojo, J.Cog.Neurosci. 2020より改変)
 さらに私たちは、逆方向の効果をも示した。顔画像そのものの輝度は変えずに、こっそり瞳孔を縮ませることができる(前画像からの輝度変化を利用;図)。図の下にある右方向の矢印は、時間経過を示す。
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