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トランプ敗北の大統領選「陰謀説」がしぶとく残る理由

米国騒乱はなぜ起きたか——ガスは抜けていない

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 米国大統領選を巡る騒乱は日本でも詳報された。それをくり返す気はないが、社会心理学的な興味から米国政治をウオッチしてきた身としては、素通りできない。トランプは米国の分断が生んだモンスターであり、議事堂襲撃は民主主義の危機を象徴する歴史的事件だった。それはまた、政治のポピュリズムと劇場化が先鋭化した結果でもあった。

米連邦議事堂に集まったトランプ大統領の支持者たち=1月6日、ワシントン
 ただ出来事を心理的背景という観点から捉えると、この議事堂襲撃は原因というよりはむしろ結果だ。では因果関係のより上流(=心理的な原因)に目を向けたとき、何が本当の大事件だったのか。筆者としては、トランプによるSNSの濫用、そして騒乱後締め出された流れに注目したい。

 トランプは4年間の任期中に、3万回を超える嘘や誤解を招く主張を連発した(Washington Post, 1月25日)。シンパの議員や弁護士の発信、そのリツイートまで含めると天文学的な数字だろう。これだけの規模でオルタやフェイクの発信が許され続けたこと、これがまず瞠目すべき「事件」の第一だ。そしてそれが騒乱後に一気に締め出されたことが、続く第二のニュースだと考える。SNSに歩調を合わせるように、ユーチューブもトランプのアカウントを一時停止から無期限凍結に踏み切った(AFPBB News, 1月27日)。

 今後を占う上でもこのあたりにヒントがある。順を追って分析しよう。

今回の騒乱、その際立つ特徴

 今回の騒乱、時間が経つにつれ内部事情が明らかになってきたが、以下、この論考と絡む点だけ整理する。

バイデン大統領就任式の会場近くで抗議する人たち=2021年1月20日、ワシントン

 まずあらゆる意味で現場は混乱していた。たとえば警備のタイミングだけを見てもちぐはぐだった。1月6日の国会襲撃以降は、警備部隊が数千人以上に増強され、上空を軍用観測機やヘリが飛び交うなど、過剰ともいえる警戒体制が敷かれた。そして当然、何事も起きなかった(MIT Tech Review、1月27日)。

 これに対し、襲撃があった1月6日以前にも、国会議員らに対する暴力の危険を、首都警察が事前に察知していた。にもかかわらず警備はごく手薄だった(NYT、1月27日)。そればかりか暴徒を招き入れたり、一緒に記念写真に収まったりする警官がいた。また一部の共和党議員にはデモ側と事前に内通し、内部から手引きしようとした疑いすらある(BuzzFeed News、1月13日;他)。選挙結果を受諾した副大統領ペンスは「吊るし上げよ」とつけ狙われ、後には当のトランプ大統領ですらが「裏切り者」と罵られた。陰謀説は糸の切れた凧のように方向を失い、敵味方の分別さえ失ったのだ。

 第2の注目点だが、この国会乱入は立派な大罪なのに、なぜか犯罪意識を伴うことなく、むしろ奇妙な「祝祭」気分に支配された(本欄、園田耕司特派員論考『トランプの「共和党支配」終焉の始まり』)。実際、乱入者たちは昂揚感からか写真やビデオをSNSにアップし、皮肉なことに自分たちへの捜査を助けた。

トランプ前大統領=2020年12月5日、ジョージア州バルドスタ

 第3に、乱入したトランプ支持者が実に多様だった。白人優越主義者、愛国者、反社会主義者、宗教的保守主義者らに混じって、英雄気取りの仮装をする者や南軍旗を掲げる者など、イデオロギーではくくりきれない劇場化を印象づけた。その一方の極には、経済中心の現実的な判断からトランプを選ぶ「自由経済擁護派」がいる。たとえば筆者の住むカリフォルニアでも特に内陸部では、単に「バイデンだと職を失う」「税金が上がる」という理由でトランプに投票した人々がいる。そして他方の極には、雑多な「不満分子=妄想派」がいた。

 だが大事なのは、これらの両極の間に大多数がいたことだ。その保守中間層が今回は大きく妄想の方向へと引きずられた。これを第4の観察としたい。この妄想拡大をフェイク情報だけのせいにすることには、異論もあろう。だが実際、封鎖からたった1週間で「大統領選不正」に関するSNSの情報が70%以上激減した(Washington Post, 1月16日;他)。

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