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続・新型コロナワクチンに欠かせなかった「構造生物学」という基礎研究

デトロイトの労働者階級の家で生まれ育った研究者の偉業

鳥居啓子 テキサス大学オースティン校冠教授 名古屋大学客員教授

構造生物学者としてワクチン開発にたずさわる

 新型コロナワクチン開発への障壁の一つが、ウイルスの突起たんぱく質を精製しても、すぐビヨーンと伸びてしまい、融合前の型を保つことができないという問題だった。

 ジェイソン・マクレラン博士は、一貫して構造生物学者の立場でワクチンの開発に関わってきた。鼻風邪の原因となるRSウイルスや、2003年に流行した重症呼吸器症候群(SARS)や2012年に発生した中東呼吸器症候群(MERS)を引き起こした一群のコロナウイルスの突起たんぱく質の構造も解明してきた。突起たんぱく質は、受容体に融合する前と後で形が大きく変わることも明らかにした。しかし、ワクチンには融合前の形だけが必要である。ここで彼の研究グループが参照したのは、1998年に米国の研究者が発表した論文であった。

 この論文では、インフルエンザウイルスの表面にあるヘマグルチニンと呼ばれるたんぱく質(HAたんぱく質)のアミノ酸(たんぱく質を作る部品)の配列2か所をプロリンというアミノ酸に置き換えると、HAたんぱく質がバネのように飛び出さなくなること、さらにヒトの細胞に融合できなくなることを報告している。

 2016年、MERSウイルス突起たんぱく質の安定化に苦労していたマクレラン博士とニャンシュワン・ワン研究員は、「そうだ、これもアミノ酸2か所をプロリンに置き換えればバネのように飛び出すことを防げるかも!」と思いたった。この「プロリン2置換」は、シンプルでエレガントだが、話はそう簡単ではない。インフルエンザウイルスのHAたんぱく質とMERSウイルスの突起たんぱく質は、あまり似ていない。そのため、どの部分をプロリンに置き換えればいいのか予測できなかったのである。ワン研究員は2か所プロリンに置き換えた突起たんぱく質を十数種類作り、試行錯誤の末、ついに融合前の型に安定化させることに成功した。

拡大図:試験管内で作らせた、アミノ酸2か所をプロリンに置換した突起たんぱく質のクライオ電子顕微鏡画像。全て、融合前の型で安定している=マクレラン博士らの論文(下のリンク)から改変
https://www.pnas.org/content/114/35/E7348.short

 クライオ電子顕微鏡下で、綺麗に融合前の型のままで並ぶMERSウイルスとSARSウイルスの突起たんぱく質(右図)を目にしたマクレラン博士らは、

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筆者

鳥居啓子

鳥居啓子(とりい・けいこ) テキサス大学オースティン校冠教授 名古屋大学客員教授

1993年、筑波大学大学院生物科学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、イエール大学博士研究員、ミシガン大学博士研究員などを経て、2009年ワシントン大学教授、11年ハワード・ヒューズ医学研究所正研究員。19年からテキサス大学オースティン校ジョンソン&ジョンソンセンテニアル冠教授。井上学術賞、猿橋賞、米国植物生物学会ASPBフェロー賞など受賞。専門は植物発生遺伝学。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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