人権だけでなく、公衆衛生も脅かされる
2021年03月04日
2月のある日、広島市内を歩いていたら、あるバーが張り紙で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下「新型コロナ」)のことを「武漢ウィルス」と呼びながら、営業時間の短縮を客たちに伝えているのを見つけた(写真を撮ったが、ここでは控える)。
武漢ウィルス拡大予防の要請により、2月8日〜2月21日まで
17時〜21時まで酒類の提供は20時までとさせて頂きます
WHO(世界保健機関)などの国連機関は、新型コロナがもたらす「スティグマ(後述)」を防止するうえで、病名に地名や民族名を入れないことを強調している。
広島には多くの中国人が住んでいるが、この張り紙を見ないことを祈るばかりである。
昨年11月、筆者は本誌で、感染症患者などを差別したり非難したりする、つまり「スティグマ化」すると、かえって感染拡大を促してしまう可能性があることを、過去の研究を引用しながら指摘した。スティグマとは、辞書的にいえば「多数者から押し付けられる否定的な評価」のこと。たとえばHIVの陽性者は、スティグマ化されればされるほど、つまり差別されたり非難されたりするほど、検査や治療に消極的になることが多くの調査によって明らかにされている。つまりスティグマ(≒差別)は、感染症の拡大を促進する。また実際に差別されたり非難されたりしなくても、そうされるだろうと感じるだけで、つまり「スティグマ予感(anticipated stigma)」を持つだけで、検査や治療をためらうようになることも判明している。
では、新型コロナではどうなのだろうか?
すでに多くの人が、新型コロナに罹患している可能性が高いにもかかわらず、PCR検査を受けることを拒否している。マスメディアで伝えられた事例だけでも数え切れないほどあるので例示はしない。必要があれば、各自で検索されたい。
前回の記事では社会心理学者ヴァレリエ・アーンショーをはじめとする英語圏の専門家たちが、HIV患者などを対象に行なった研究の結果や見解を紹介した。彼女らのグループは2020年11月、新型コロナにかかわるスティグマやスティグマ予感について、新しい研究結果を専門誌『スティグマと健康』で公表した。
アーンショーらは2020年4月、アメリカに住む18歳以上の845人を対象にオンライン調査を実施した。彼女らは病気に関わる心理学研究で使ってきた「スケール」を使って、被験者らに、新型コロナにかかったときにスティグマ化(≒差別)される可能性がどれくらいあると思うか、医師から新型コロナの検査を求められた場合にその検査を受ける可能性がどれくらいあるか、などを尋ねた。
たとえばスティグマ予感に関しては、研究者が被験者に対して、「あなたがコロナウイルスに感染した場合、他の人があなたをどのように扱うかを考えてください。人々があなたを次のように扱う可能性はどのくらいありますか?」と問いかけてから、「友人や家族は私に対して怒るだろう」など4つの言明について、被験者が「まずありえない」と答えたならば「1」と、「とてもありうる」ならば「5」とカウントした。
またスティグマ予感だけではなく、「ステレオタイプ(偏見)」や「知識」、「恐れ」についても調べた。たとえばステレオタイプについては、「アジア系の人たちはコロナウイルスを持っている可能性が高い」という言明について、被験者が「強く否定する」するならば1、「強く同意する」ならば5、というように点数化した。同じく「恐れ」についても、「もし私がコロナウイルスに感染したら、とても重症になるだろう」という言明などについて同じように数えた。
結果を分析した結果、スティグマを受けるだろうと強く予感していたり、新型コロナに対して有害なステレオタイプを持っていたりする者ほど、検査を受ける可能性が低くなる傾向があることがわかった。それとは対照的に、新型コロナについての知識が豊富な者ほど、検査を受ける可能性が高いこともわかった。また、新型コロナに対して強い恐れを抱いている者ほど、検査を受ける可能性が高いとわかった。
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