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被災者のこころのケアの10年

「個に向き合う」を実践して見えてきた東日本大震災の影響の特徴

原田眞理 玉川大学教育学部教授

拡大町田市に避難された方々の講演会「東日本大震災を経験した方からのmessage―経験者と支援者 2つの立場から―」のあと、グループに分かれて避難者の方から話を聴く大学生たち=2018年12月13日、玉川大学
 2011年3月に東日本大震災が起きてから、東京に避難してきた方々、そして福島県内に避難した方々と一緒の時を過ごしてきた。精神分析を専門とする私は、阪神淡路大震災の後に日本心身医学会のメンバーとして初めて震災後の「こころのケア」に携わった。あの震災をきっかけに「トラウマ(心の傷)」や「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」という言葉がマスコミにも登場するようになり、災害によって心が受ける傷についての認知度は上がってきたと感じる。だが、被災された方々が置かれた厳しい状況はあまり変わっていない。

 10年一区切りというが、心に時間は関係ない。今年2月13日の福島県沖地震で「あの時」を思い出した方はたくさんおられることだろう。「まだ言っている」という言葉がけは不適切である。そもそも私達は誰でも、心が傷つくとバランスが崩れるのだ。そしてトラウマを体験すると否定的思考が優位になるため、行政の指示などは、こうした被災者の心を踏まえて前向きできちんと伝わる言葉を使用してほしいと思っている。

 本稿では、この10年の私の活動の一端を紹介し、東日本大震災の心への影響の特徴を考えてみたい。

目の前の「一人」との関係を大切にする

拡大特別講演会「東日本大震災からのあゆみ―川内村を中心とした双葉郡の復興―」というタイトルで講演する川内村復興対策課長(当時)の井出寿一氏。川内村とは2013年からさまざまな形で交流を続けている=2019年12月12日、玉川大学
 「すぐ帰れると思って着の身着のままで避難したら、何年も帰れなくなった」「たまたま山側にいたために命は助かったが、流れる家の中から助けてという人の声が聞こえてきたのにどうすることもできなかった」「飼っていた鳥が死んでしまった。鳥カゴのドアを開けてさえいれば飛んで逃げられたのに……」「家の散乱したものを片していて、翌日外に出たら誰もいなかった。役場に行くと、隣町に避難と貼紙があった。呆然として怖くて家にいた……」「苦しくて苦しくてお寺や神社を巡り歩いていたが、あなたに話せてよかった。もっと早く会いたかった」

 この10年、お会いした被災者の方々は、必ず3月11日当日のことからお話が始まった。お聴きしているとお一人お一人の人生を感じる。

 恩師である北山修先生は「マスコミュニケーション」と「パーソナルコミュニケーション」という言葉を使われたが、目の前におられる「一人の人」との関係を大切にするのが精神分析の基本である。

拡大町田市に避難された方々がつながりを求めてできたFMI会(福島宮城岩手の頭文字)に参加する筆者〔右から2番目)。この日は新聞紙を使用してちぎり絵ではがきを作成した。FMI会は、会員の特技を生かし、手芸品、編み物などの作品を町田市のイベントに出店販売して売り上げを市に寄付するなど、避難先地域とのつながりも築いた=2014年5月22日、町田市民フォーラム
 私は臨床家として、
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筆者

原田眞理

原田眞理(はらだ・まり) 玉川大学教育学部教授

保健学博士、公認心理師、臨床心理士、日本精神分析学会認定心理療法士。東京大学医学部心療内科所属時、阪神淡路大震災後に現地支援に行ったことから震災支援に携わり始めた。2017年米スタンフォード大学客員教授。玉川大学で避難者の方々による講演会や学食コラボなどを企画してきた。著書「子どものこころ、大人のこころ 先生や保護者が判断を誤らないための手引書」「子どものこころ 教室や子育てに役立つカウンセリングの考え方」など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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