「無策」の政府に代わって民間が出した「苦肉の策」の問題点
2021年03月22日
コロナ対策が八方塞がりである。この1年間、政府や対策分科会は国民にやみくもに感染者数の抑制を求め続け、発信するメッセージは「手洗い・マスク・3密回避」だけで何の進歩もなかった。「ステイホーム」「我慢の4連休」「勝負の3週間」「特別な年末年始」……と、続けさまに発信されるキャッチコピーは高圧的で、国民は先が見えないままに自粛を強要され続けた。最近では罰則で脅されている。「瀬戸際の2週間」と延長された緊急事態宣言は成果の無いままに解除された。政府の「無策」ぶりが、国全体に閉塞感を蔓延させている。
現状で、ゴールを明確化させる出口戦略の「切り札」はワクチンである。国内で接種が始まった米ファイザー社のSARS-CoV-2ワクチン(商品名:コミナティ筋注)は、1バイアルから6回分採取することがファイザーと厚労省からの指針に明記されている。したがって、このワクチン1バイアルには6個の注射器が付属している。注射器の針は、太さ25ゲージ、長さ25 mmである。これはワクチンの筋肉内注射針の国際標準サイズである。ゲージ(gauge:G)とは針の太さの規格で、数字が大きいほど細い。ちなみに25G注射針の内径は0.30±0.03 mmである。
しかしながら、ワクチンの国内供給スケジュールは目途が立っていないままである。これに対して、民間から二つの「苦肉の策」が示された。共に1バイアルのコミナティから7回分を採取する方法である。コミナティ1バイアルは0.45 mLの液剤であり、これを生理食塩水1.8 mLで希釈して用いるため、総容量は2.25 mLとなる。1回の注射に0.3 mLを使うので、理論上は7回分を採取できる。
7回採取の方法のひとつは、宇治徳洲会病院(京都府)からで、インスリン用注射器を用いる方法である。もともとインスリン用注射器は、貴重なインスリンを無駄にしないためデッドスペースがゼロに近くなるように設計されている。ただし、針の太さは29G(内径:0.14±0.03 mm)、長さは13 mmで、共にコミナティ付属の標準注射器よりの約1/2である。
これに関して、河野太郎ワクチン担当大臣は3月9日の記者会見で、田村憲久厚生労働大臣らと協議した結論として、「理論上は7回分採取できるので問題ない」「このような現場の創意工夫は歓迎する」「ファイザーも容認している」と発言した。
インスリン用注射器の問題点としては、注射針の長さ(13 mm)が指摘されている。コロナワクチンは筋肉注射であるのに対し、インスリン注射は皮下注射である。13 mmでは筋肉まで届かない可能性が高い。ところが、日本人の皮下脂肪はコミナティの母国である米国人よりも薄い。事実、日本人330人を対象に超音波診断装置(エコー)で皮下組織厚を測定した研究論文では、男性も女性も10 mm以下だったと報告されている。
つまり13 mmのインスリン注射針で大部分の日本人の筋肉注射は可能ということである。それでも個人差はあるので、宇治徳洲会病院では個々にエコーで皮下組織の厚さを計測してからワクチン接種している。この手間さえ問題にしなければ「長さの問題」は克服できるということになる。
もうひとつの7回分採取法は、テルモ社のインスリン注射器類似の「FNシリンジ」の針を13 mmから16 mmに長くしたもので、既に「ワクチン筋肉注射用針」として3月5日に厚労省医薬品医療機器総合機構(PMDA)から製造・販売承認を得ている。このFNシリンジの針の太さは27G(内径:0.20±0.03 mm)である。3月末に生産を始め、順次出荷する。長さが16 mmであれば、エコーの計測は最小限で済むかも知れない。
しかし私は、注射針の「長さ」よりも「太さ」を懸念する。宇治徳洲会病院で用いられたインスリン用注射器の針の太さは29G(内径:0.14±0.03 mm)で、テルモのFNシリンジの針は27G(内径:0.20±0.03 mm)だ。いずれもコミナティ付属の標準注射器の25G(内径:0.30±0.03 mm)よりも細い。
コミナティのウイルスmRNAを封入している脂質ナノ粒子(LNP:lipid nanoparticle)の正確な粒径は開示されていないが、癌をはじめ多くの疾患のRNA治療で用いられているLNPの粒径は大きくても500 nm(0.0005 mm)である。サイズから単純計算すると、29Gの内径でも直接LNPが破壊されることはない。
しかしながら、細い注射針で溶液を吸うには相当な吸引力が必要である。時間をかけてゆっくり吸引しても、かなりの陰圧がかかる。また、単位時間あたりに同じ量を吸引・注射する場合、内径が細くなれば流速は2乗比例で速くなる。すなわち、インスリン用注射器でもFNシリンジでも標準注射器の2~4倍以上の流速になる。流速が上がると渦が起きやすくなって、層流が乱流となる。
コミナティのLNPは非常に不安定で、「揺れ」だけで品質が落ちる可能性が指摘されており、厚生労働省は輸送にバイクや自転車を使うことも禁止している。それを極細注射針で吸引すると、大きな陰圧・流速・乱流によって容易に破裂される可能性が高い。壊れたLNPから漏れたmRNAは生体内のRNA分解酵素(RNase)ですぐに分解されるため、抗原となるはずのウイルス蛋白は合成されず、結果的に抗体が出来ずに免疫が得られないのだ。
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