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近未来のがん予防の姿が見えてきた

「薬でがんを予防」の可能性を示した臨床試験

武藤倫弘 京都府立医科大学教授

 ヒトのゲノム配列の全体図(ドラフト)が発表されて今年でちょうど20年、いまや個人の全DNA配列が10万円前後で解読できる時代となっている。また疾患に関連する特定の遺伝子だけでなく、全DNA配列10万人分を解析しようという国家プロジェクトが日本でも巨額の国費を投じて実行されようとしている。

拡大2019年に策定された全ゲノム解析等実行計画の工程表(厚生労働省の資料から)
https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000579015.pdf

 日本人の死因第一位を長年にわたり譲らない「がん」の予防は、このようなゲノム研究を進めたときに変わるだろうか。「タバコを吸うな」とか「日常的に運動しろ」といった予防則は、そのまま有効であり続けるだろう。だが、私はそれに加えて「薬でがんの発生を抑制する」という「先制医療」を実現させたいと研究を続けてきた。そして、このたび大きな一歩となる研究成果を出すことができた。その内容を紹介しながら、がん予防の未来を考えたい。

ゲノム研究が進むと「個々人のがんになりやすさ」がわかる

 ゲノム研究を進めた時に、がんに関して多くの市民に関連しそうな重要な情報は二つある、と私は考えている。その一つはがんの原因になっている遺伝子の様々な変異を明らかにすることであり、それにより治療に役立つ薬剤の開発が進み、治療成績の向上が見込まれる。もう一つの重要な情報は「自分がどのようながんになりやすいか」、つまり「個々人のがん易罹患性」が明らかになり、がんの予防を個別に行える実現性が増すことである。

 さて、問題はその後である。「あなたは○○がんにかかる可能性は××くらいあるので、気をつけてください」と通知を受けたとしよう。気にするほどの確率でない場合、無視する人も多いだろう。一方、それなりの確率が示された人はどうしたら良いのだろうか? きっと多くの方は医師に相談するであろう。そしてその時、医師に言われる言葉は、「タバコは吸わないように」「お酒はほどほどに」「日常的に運動を心がけて」といった「何度も聞かされた話」になる可能性が高い。

 日常生活の習慣を規則正しい、質の高いものにすることは、確かに「人の健康維持におけるゴールデンルール」である。ただそのような生活指導だけなく、より「積極的ながん予防」を望む人にはどのような選択肢が用意されているのだろうか?

 現状では、ある程度がん罹患性が高い方に示される提案は「より頻回ながん検診の受診」である。これは早期にがんを発見し早期に治療した方が治療実績が良い、ということに鑑みれば当然の帰結である。ただ、がん検診は「がんの二次予防」とは言われるものの、「できてしまったがんを見つける」ことであって、「がんの発症を防ぐ」ことではない。つまり、本来の意味の「予防」ではない。

家族性大腸腺腫症(FAP)患者を対象にした研究で成果

拡大shutterstock.com

 私は文字通りの「がん予防」を可能とするべく、真正面から取り組んでいる、国内では数少ない研究者である。そして今回、多くの共同研究者とともに大腸がんの予防につながる成果を出すことができた。これは、正確には大腸がんの前がん病変と考えられる「腺腫」の治療の話で、しかもこの腺腫が大腸に100個以上できる「家族性大腸腺腫症(FAP)」という大腸がんの高リスク疾患に関する話である。ただ、この成果はそのまま一般の方のがんの予防にもつながると考えているので、まずはこの研究の話から始めたい。

 FAPの患者は、

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筆者

武藤倫弘

武藤倫弘(むとう・みちひろ) 京都府立医科大学教授

1969年、東京生まれ。1995年、山口大学医学部卒。医学博士(筑波大学)。1997年、がん研究振興財団(国立がんセンター研究所)リサーチレジデント。2001年、米国国立がん研究所。2004年より国立がん(研究)センター研究所・社会と健康研究センター。2020年より現職。一貫してがん予防薬の開発研究を行っている。

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