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新聞で一番重要なのは? ルモンドの漫画家のこと

国際政治を動かす一コマ政治漫画 上

山井教雄 漫画家

オスロ合意の先駆け

 1991年、プランチュがチュニジアの首都、チュニスで漫画展をしていた時のことです。当時イスラエル軍にレバノンを追われたPLOは、チュニジアに亡命していました。PLOは武力でイスラエルからパレスチナの解放を目指すアラブゲリラグループで、アラファトがそのリーダーでした。

プランチュが描いたアラファト議長とイスラエル兵。赤いハートはアラファトが、二つの白いハートはぺレスが加えた。
拡大プランチュが描いたアラファト議長とイスラエル兵。赤いハートはアラファトが、二つの白いハートはぺレスが加えた。

 アラファトの部下のゲリラがプランチュを拉致したのです。

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筆者

山井教雄

山井教雄(やまのい・のりお) 漫画家

1947年東京生まれ。東京外語大スペイン語科卒業。91年漫画集「ブーイング」で文春漫画賞を受賞。93~96年に朝日新聞夕刊で「サミット学園」を連載。報道や表現の自由のために闘う漫画家の国際ネットワーク「Cartooning for Peace(平和のための風刺漫画)」のメンバーとしても活動している。

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