野崎光昭(のざき・みつあき) 高エネルギー加速器研究機構(KEK)名誉教授(素粒子物理学)
1954年生まれ。東京大学大学院修了、理学博士。東京大学助手、神戸大学助教授、教授を経て、2018年3月までKEK教授。2015−2016年は日本学術振興会ワシントン研究連絡センター長を務める。大学院在籍時から欧州の大型加速器を用いた国際共同実験に参加し、近年は加速器科学分野におけるアジア・オセアニア諸国との協力に尽力。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
その重要性への認識が日本でもっと広まってほしい
民主主義国家を標榜する国に生まれ育ち、半世紀近く物理学の研究に携わってきた筆者だが、恥ずかしながら齢60を過ぎるまで科学と民主主義を関連づけて考えることはなかった。しかし、コロナ禍をはじめいくつかのきっかけで科学と社会の関係性について深く考えずにはいられなくなった。そして気づいたのは、「科学的な精神・手法は社会の宝」という認識が日本社会では薄いことだ。民主主義と科学は、いずれも社会の宝だと思う。この宝を社会のみんなで守り、育てようという気持ちが日本社会に広まってほしいと切に思う。
科学と民主主義を考え始めた原点は、6年前に聞いたジョン・ホルドレン博士(Dr. John Holdren、当時オバマ大統領の科学技術担当補佐官)の言葉である。当時、筆者は日本学術振興会のワシントン研究連絡センターに駐在し、日米の学術交流の推進や在米日本人研究者の支援等に取り組む一方、時折事務所近くのアメリカ科学振興協会(AAAS)に足を運び、セミナーやワークショップに参加して米国の科学事情を学んでいた。
2015年4月に開催されたAAASの講演会での博士の言葉を記憶とメモを頼りに再現すれば、「科学の知見が政策決定に決定的な役割を果たすこの時代に、サイエンスリテラシーはデモクラシーの健全性に必須である」という趣旨である。科学が民主主義にとってなくてはならないという視点は、浅学の身には新鮮な驚きであった。
サイエンスリテラシーの定義は様々あるようだが、本稿では
(1)科学的な知識を持っている
(2)科学的な手法を理解している
(3)科学的な知見や手法を他人に伝える能力を持っている
を含む概念として話を進める。ただし、筆者を含めて全ての科学者がこれらの3要素を持っているわけではないことを初めにお断りしておきたい。
あなたの研究は何の役に立つのか、と問われた経験は、すべての研究者に共通のものであろう。最近では、