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遺伝学の「優性・劣性」が「顕性・潜性」に変わると聞いて思うこと

最初に訳語を考える訳者の苦労と責任の大きさ

三田地真実 行動評論家/言語聴覚士

拡大バチカン市国が発行したメンデルの記念切手=shutterstock.com
 日本遺伝学会が遺伝学の要とも言える用語を改め、2021年からは中学校の理科においてもその用語が採用されるという報道があった(中学理科、2021年から遺伝用語「優性・劣性」が「顕性・潜性」に “劣性遺伝”は間違いになる? 文科省に聞いた:au Webポータルコネタニュース)。

 科学が苦手な人でも知っているあのメンデル(1822―1884年)が発見した、遺伝の法則の一つで登場する、「優性」「劣性」という用語が、中学理科の教科書でもそれぞれ「顕性」と「潜性」に置き換わる。

 たまたま今「遺伝子―親密なる人類史(上)」 (ハヤカワ文庫NF、シッダールタ・ムカジー著、仲野徹監修、田中文訳)という書籍を読み進んでおり、その出だしでメンデルがどれほど苦労を重ねて研究に取り組み、あの偉大な法則を発見したかの詳細を知ったところだったので、何やら不思議な気持ちがしながら先の報道記事を読んだ。

拡大shutterstock.com

 優性、劣性の学術用語としての意味は次のようなものである。例えば、「黄色」と「緑」という二種類の形質の豆を交配した場合、その子ども世代はすべて黄色になる。子世代に現れる形質(この場合は黄色)を優性(dominant)、現れない形質(この場合は緑)を劣性(recessive)としたのである。

 元々は、単に形質が現れるか否かであって、一般的な意味での優劣ということではない。しかし、この文字が並ぶことで、形質を表す用語にも「あたかも優劣があるかのような誤解」がもたれていたことが改訂の大きな理由であったようである。さらに優性という文字、「ゆうせい」という読み方が、「優生学」、「優生主義」というメンデルの法則とは全く無関係の別の概念との混同を招いたことは否めないだろう。

 私自身、自分の専門分野での翻訳(B.F.スキナー重要論文集II 行動の哲学と科学を樹てる B.F.スキナー著、スキナー著作刊行会訳)に多少関わっているので、翻訳という視点から見て、訳語をどうするか、さらには社会において広く定着している用語をどのようにして改訂していったのか(おそらく相当大変な作業であったろう)、その過程(プロセス)に大いに興味を持ち、早速調べてみた。そこで、この用語についての議論は100年近く前から続いている長い歴史があることを知った。

2017年に日本遺伝学会がいくつかの用語の改訂を公表

 日本遺伝学会は2017年にこの「優性」「劣性」の用語を含めいくつかの用語変更することを公表し、それに伴って教科書での記載も変更することを文部科学省に申し入れていた(遺伝の「優性」「劣性」使うのやめます 学会が用語改訂:朝日新聞デジタル)。

 「突然変異」は元の”mutation“には「突然」の意味がないということで「変異」に、「色覚異常、色盲」は”color blindness” であったが、この英語自体を日本人類遺伝学会と共同で”color vision variation”とし、その訳語は「色覚多様性」という用語をあてたということである。詳細は、表の出典を見られたい。

拡大日本遺伝学会が2017年に公表した用語改訂
出典:日本遺伝学会

 今回の報道は、これを受けて中学の教科書の用語変更がいよいよ実現することを知らせるものだったわけだ。この優性・劣性という用語は遺伝学の領域では120年近くも使われてきたという歴史のあるもので、もちろん、私も学校ではこの用語で習ってきている。

最初にどうしてその訳語になったのか? 

 どういう経過で「優性」「劣性」という言葉が選ばれたのかについては、

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筆者

三田地真実

三田地真実(みたち・まみ) 行動評論家/言語聴覚士

教員、言語聴覚士として勤務後、渡米。米国オレゴン大学教育学部博士課程修了(Ph.D.)。専門は応用行動分析学・ファシリテーション論。2016年からオンライン会議システムを使ったワークショップや授業を精力的に行っている。2011年星槎大学共生科学部教授、2013年より同大学大学院教授。著書に「保護者と先生のための応用行動分析入門ハンドブック」など。教育雑誌連載と連動した「教職いろはがるた」(https://youtu.be/_txncbvL8XE)の動画配信中!

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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