須藤靖(すとう・やすし) 東京大学教授(宇宙物理学)
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。1958年高知県安芸市生まれ。主な研究分野は観測的宇宙論と太陽系外惑星。著書に、『人生一般二相対論』(東京大学出版会)、『一般相対論入門』(日本評論社)、『この空のかなた』(亜紀書房)、『情けは宇宙のためならず』(毎日新聞社)、『不自然な宇宙』(講談社ブルーバックス)、『宇宙は数式でできている』(朝日新聞出版)などがある。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
米議員が提出した「限りなきフロンティア法」と科学者側の意見
日本学術会議の会員任命拒否問題はいまだに解決していない。新型コロナ問題を最優先として取り組むべき時期に、あえてこの問題に固執する政権の感覚は全く理解できない。また学術会議に限らず、政権とは異なる意見を持つ人々を排除し、真摯に向き合って議論をすることなく、自分たちの判断に責任を持とうとしない政治家の長期的視野の欠如はまさに危機的である。
この思いを強くしたのは、米国で政治家が科学振興をどう考えているかがわかる論説「連邦政府主導の科学の果てしなきフロンティアはどこまで拡大されるべきか?(Should the Endless Frontier of Federal Science be Expanded?)」を読んだからだ。
これは、論文が学術誌に出版される前に、無料で公開されるオンラインサイトarxiv.orgに投稿されたものである。ただし通常の科学論文ではなく、米国の今後の基礎研究や人材育成を図るために昨年提出された法案「限りなきフロンティア法(Endless Frontier Act)」に対する科学者側の意見表明というべきもので、米国の生物学、工学、物理学、天文学、医学における指導的立場の7人による共著になっている。
そこには、米国政府が科学研究をどのように位置づけてきたかの歴史が明確に述べられており、過去の米国の科学の発展の礎を踏まえたうえで、今後の世界における米国の役割に対する提言になっている。
なかでも感銘を受けたのは、米国の政治家は、第二次世界大戦の終結の前から戦後を見通し教育と人材育成に力を入れて科学を発展させることこそが米国の国益であるとして、科学者にそのための方策を諮問していた事実である。米国の政治家の、科学に対するまさに「総合的かつ俯瞰的」視野を思い知った。以下、その歴史を簡単に紹介しつつ、科学と政治を巡る彼我の違いを考えてみたい。
1944年11月17日、フランクリン・ルーズベルト大統領は、科学研究開発局長であったヴァネヴァー・ブッシュに手紙を送った。そこでは、終戦後の世界を見据えて以下の4つの質問がなされている。
(1)科学知識の拡散は、新たな企業や雇用を生み出し、国民の健康と幸せを向上させる大きな一歩となる。米国が戦争中に成し遂げた科学の成果を速やかに世界に知らしめるために、なにができるか。
(2)病気との戦いという観点から、医学と関連分野の研究プログラムを将来立ち上げるために、今なにができるか。
(3)公的機関と私的機関が、それぞれの役割と相互関係を明確にしつつ、ともに科学研究活動を支援できるようにするために、連邦政府ができることはなにか。
(4)米国が戦争中に成し遂げたレベルと同程度以上の科学研究を将来にわたり継続するために、優れた科学的才能を持つ米国の若者を発掘し育成する効率的な方法はなにか。
その書簡には「人類の新しいフロンティアは目の前にある。我々がこの戦争で示した洞察力、大胆さと活力をもってすれば、より完全で実り多い雇用と生活を生み出すことができる」と記されている。米国は1944年にすでに、
論座ではこんな記事も人気です。もう読みましたか?