「排水点」ではなく「利水点」での水質を管理する
2021年05月10日
足尾銅山の鉱毒事件は、日本の公害問題の原点ともいわれる。鉱山の採掘により、坑口などから多くの金属を含む坑廃水が河川に流れ、下流域に被害をもたらした。厄介なことに、採掘をやめても、休止鉱山から金属を含む坑廃水が流れ続ける。足尾銅山の場合には、今でも関連企業が坑廃水処理を行っているが、既に当時の企業がなくなり、鉱害防止義務を負う「義務者」がいなくなった廃止鉱山も日本に多数存在する。その鉱山の多くは、政府の補助の下、自治体が坑廃水処理をするしかない。国から支給される「休廃止鉱山鉱害防止等工事費補助金」の年間総額は、現在約20 億円に上っているという。
坑廃水を処理して川に流す際に法的に満たさねばならない基準は排水基準である。ただし、それは義務者がいない鉱山には適用されない。つまり、自治体が処理を肩代わりしている場合、排水基準を守る法的義務はない。他方、排水基準の遵守が下流への影響を合理的に下げるかと言えば、必ずしもそうではない。
そこで、経済産業省と関係者は、「排水点」でなく、下流で実際に河川水を利用する場合の環境安全性を担保する「利水点等管理」という仕組みができないか、検討している。確かに重要なのは水を利用するときの安全性であり、このような仕組みは合理的だと考えられるが、水資源を利用する関係者は多く、新しい仕組みを導入するには関係者と対話を重ねて合意形成をしていく必要がある。
坑廃水中の金属濃度を下げるためには、中和による凝集沈殿など、さまざまな措置が取られる。微生物を用いる方法もあり、これは受動的処理(passive treatment)という。雨水の流入などにより効果はばらつくが、低労力低費用でおおむね妥当な処理ができる。
しかし、こうした通常の手段で排水基準を満たすことが技術と経費から見て極めて難しい場合もありうる。福島第一原発からのトリチウムでも話題になったが、排水基準で規制されるのは「濃度」であって「総量」ではない。だから、処理が難しい場合は上流から敷地内に河川水を引き入れて、希釈して排水すれば、排水基準を見かけ上満たすこともできてしまう。
一方、水を使うときの基準としては、飲用水、農業用水の「水質基準」があり、さらに「満たすのが望ましい」として決められている「環境基準」がある。ここで使われるのも「濃度」である。
表1に亜鉛とカドミウムの水質基準の例を示す。
亜鉛では、
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